クロノプロジェクト正式連載版シーズン3
 

第126話「抜け道」(第2回シーズン3先行公開版)

 

「どうしても無理なんですか?」

 

 クロノはフリッツの応接室で話していた。
 向かい側に座るフリッツに対し、クロノはもどかしさを感じていた。

 

「ふぅ、幾ら科学が進歩しても自然現象には逆らえない。ここ暫くメディーナ周辺の南方航路は大きく荒れていてね。私の会社で出せるのはトルース便のみですよ。」

「しかし、先程のあなたの話では、トルースの警戒はかなり厳戒になったそうではないですか。それに、陸路では遅過ぎる。」

「確かにその通りです。まぁ、妙案が有れば行使したいものだが………大統領閣下の命もあってね、お二人を失う様な手助けは難しいわけです。これは私の死活問題にも直結する話。この国に住み商売するからには、その国の意向を無視出来ない。まぁ、何もこれは私に限った話ではない。ここに住まう全てのガルディア難民に言えるでしょうな。…あなたにもそれはお分かりになるはずだ。」

「…むぅ。」

 

 フリッツの言葉は最もなことだった。
 国を失った民が困窮する様は、トルースの現状から明らかだった。

 為政者の違いでそれまで可能であった事が大きく変化する。
 それは伝統や文化の制限のみならず、行動や意思の自由ですら縛られる。そして、間借りする身となった民は、その国へ既に命を救われたという恩がある。郷に入っては郷に従えと言ったものだが、これはお互いの関係を良好に保つ上で留意せざるを得ないことだろう。

 その時、クロノはふと思い立った。

 

「いや、道は…ある!」

「…と、言いますと?」

「中世の魔王軍は、魔岩窟という海底トンネルを掘ってゼナンへ攻め込んだんだ。…なら、そのトンネルが今も無事なら、もう一度通れるんじゃないのか?」

「魔岩窟…確か私もメディーナの歴史書でその名を見た気がします。しかし、そんな知識は何処で?」

「…詳しい事を説明するのは難しいが、通った事がある。その、勿論、400年も昔の話だ。埋まっていて使えない可能性の方が高いかもしれない。」

「…いやはや、驚く暇無く出てきますな。通った事がある…ですか。ふふ、面白い。調査してみる価値はある。詳しくお話を聞かせてもらいましょうか。」

「オーケー。宜しく頼むぜ!」

 

 フリッツはクロノの話を聞くと、彼を連れてルッコラ博士のもとへ向かった。そして、そこでルッコラの意見を仰いだ。

 博士はその案に興味を示し、考古学的にも価値ある調査であることから大統領府と掛け合い、政府からの援助も受けられる様手配してくれた。幸いにして、魔岩窟のメディーナ側入り口はフリッツが所有する鉱山に位置すると見られ、既に掘り貫かれた坑道から侵入し掘削を進めることで工期を短縮出来そうであった。ただ、大統領府側からは掘削協力の条件として、調査の終了後にクロノ達が通る事を許すという内容であった。クロノはその内容に難色を示し、調査への参加を申し出るが却下された。しかし、このまま引き下がる二人ではなかった。

 フリッツを説得したクロノは、アンダーソン商会の社員として調査隊に同行出来る様手配して貰った。こうして、二人は調査隊と共に坑道へ入る事に成功した。だが、現地へ出向いて予想外の事態に遭遇する。

 

「ようこそお二人さん、私がこちらの坑道を案内させて頂きますよ?」

「フリッツ!?」

「ほっほっほ」

 

 二人はまさかフリッツがここに来ているとは思わなかった。
 彼は会社の社長であり、そうそう簡単に動けるはずは無いと思っていたからだ。

 

「会社はどうしたんだ?」

「ん?あぁ、私は今日をもって会長へ就任し、社長は息子に譲った。というわけで一緒に行く時間を作りましたぞ。」

「…会長ってやることないのね。」

 

 シズクのつぶやきに対して、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

 

「老いても耳は良くてねぇ。そうですな。会長とは言っても名誉職のようなもの。実質はただの隠居ですよ。仕事漬けに仕事をしましたからねぇ。そろそろ引退して旅行でもしようと思っていたんです。仕事の虫から解放された老人を暖かく迎えようと言う気持ちは…お嬢さんにはないとは残念だぁ。」

「な、なにもそんなことは言ってないわ。もう、好きにしてください。」

「しかし、旅行ってどういうことだ?まさか、…俺たちについて行くと?」

「…そのまさかです。」

「えぇ!?」

 

 二人は再度驚いた。

 まさか旅について行く気とは思っても見なかった。
 せいぜいただの見物程度だと思っていた二人からすれば、尚更だ。

 

「…一度あなた方の仰る時空の旅というものを見てみたくてね。私は実際に見てみないと納得出来ない性質(たち)で、協力する以上は真実を知りたいと思ったのですよ。我々も道楽で付き合っている訳じゃない。世の存亡を賭けたとでも言える勝負、勝って終わらないと始まりません。」

 

 そう話す彼の目はとても鋭く何かを見つめるようだった。
 彼の言うことはクロノ自身も、もし同じ立場に置かれたら考えただろう。自分自身も大人になってこれほど荒唐無稽な話は無いと思っている程のことに、彼は快く付き合ってくれている。こちらとしても彼が納得して付き合ってくれる材料になるなら、それはそれで構わないと感じていた。勿論、ここに仮にルッカが居たなら、彼女のことだ、様々なことを言っていたかもしれない。が、彼女はここに居ない。

 坑道を進むといくつかの分岐路を進み、地下深く潜ってゆく。
 深さにして地下80m程まで進んだだろうか。
 かなりの距離を歩いていた。
 そしてようやく目的の場所に着いた。
 そこには二人の明らかに坑夫とは違う服装をした人物が立っていた。
 三人の歩く音に気がついて、そのうちの一人が振り向いた。

 

「ん?あぁ、お待ちしていました。」

 

 そう話したのは、なんとルッコラ博士だった。

 

「ルッコラ博士!?」

「おや、あなた方もご一緒ですか。それに、アンダーソンさんではないですか。直々の視察ですか?ご熱心ですな。」

「いや、私はこの二人の同行者だ。まぁ、このことは会社の従業員として宜しく頼む。」

「ほう、そういうことですか。なるほど。わかりました。お三方がいれば心強い。さぁ、参りましょうか。」

 

 ルッコラは特に驚くでもなく淡々と受け答えていた。

 彼の動じなさっぷりには3人とも何か思う所があったのか、互いの顔を見て苦笑していた。

 

 ここにきてこのメンバーの揃いにクロノは内心苦笑していた。
 調査隊のメンバーはクロノとシズクの他に、坑夫が1名に国立研究院から派遣の研究者が二名と聞いていた。しかし、そこに現状では坑夫として商会の会長さんが1名、そして研究員として最高責任者であるルッコラと助手のメキャベがやってきていた。しかし、幸いというべきか、彼は大統領府側の意向は知らない様で何の指摘も受けなかった。というよりむしろ歓迎されてしまった。

 フリッツを先頭に坑道を進む。既に奥で重機による掘削作業をしている作業員がおり、フリッツはそこの坑夫達二名を道案内として同行させた。彼らの話では地下100m以上掘り貫いているという。だが、坑道の中は高い湿気を帯びており、かなり深くに下がって来ているはずだが蒸し暑さを感じるほどだ。

 

 道中はルッコラが調査状況について話してくれた。

 彼の話によると、地質調査結果から坑道の地層はとても固いデナドロ石を含む岩盤の層があり、これを中世に掘り貫いたとすれば驚異的な話だという。当時の魔法技術が現代より上にあるとしても、この途方も無い作業を為し得るには相当の努力が必要らしい。だが、その作業は困難では有るが不可能ではないという結論に至ったという。

 現代にも伝わるメディーナの魔法力を秘めた道具と、強力な魔力を持つティエンレン族を集中的に動員出来れば、当時でも出来ない訳ではない。ただし、現代と違って詳細な地質調査技術が有る訳では無いため、相当失敗したと考えられる。その証拠に彼が分析した情報によれば、幾つかのトンネルの残骸らしい穴が見つかったという。

 それらはいずれも途中でデナドロ石の固い壁にぶち辺り浸水していたため、掘削途中に浸水し中止したものと考えているそうだ。

 今回進んでいる坑道は新しく彫り貫いた中では一番良い調査報告が出ているそうで、ルッコラ博士が自ら出向いたのも実際にその目で歴史の遺物と対面したいという衝動かららしい。さすが学者。探究心のためなら、面倒事でも何のそのといった所だろうか。

 

「私はボッシュ博士からあなた方の話を聞いたとき、さすがに眉唾物だろうと思いました。どんな不可能も可能にする博士でも、時を行き来する等という荒唐無稽な話を真面目にされる様な方ではないと思っていたからです。しかし、あなた方は実際に現れた。博士が不可能を可能にするのであれば、あなた方も不可能を可能にしてくれる…いや、私は先入観に囚われるのは愚かだと思いました。私は学者だ。可能性を探求するのが私の使命なのだと。」

「先入観。だから私達を試した…わけでもないのよね。そのボッシュ博士は事前にあなたにそうする様に仕向けたんでしょ?」

「そうですね。お嬢さん、あなたの言う通りだ。でも、先入観が無かった訳でもない。博士の条件は正しいと同時に、私もあなた方を試したいと思った事は否定しませんよ。試験もね、博士は実は一次試験をクリアすれば実際にお会いする話だったんです。人間で一次試験を突破する魔力を持っている事自体、充分に珍しい話だ。だから、アンダーソンさんの様な方はとても珍しいことなのです。まして、あなた方は純粋な人間でありながら、歴代トップクラスの魔力を叩き出している。その時点で十分な資格があった。」

「じゃぁ、二次以降はルッコラさんが疑っていたから続行したってこと?」

「それは確かに私の意向も無くはないですが、大統領府からこの件は事前にお話があったからねぇ。試験で登場したという黒薔薇の捕獲も目当てにあった。とはいえ、まさかあんな歴史の遺物の様な人物が現れるとは、誰も思いもしなかった様だけど。」

「マヨネー…か。」

「先生、着きました。」

 

 到着を告げたのは博士の助手を務めるメキャベ博士。ルッコラの大学時代の後輩で、助手といっても国立研究院でも上級研究員として知られ、地質学研究の第一人者と目される人物らしい。この調査計画も実質の責任者は彼が担っているという。顔立ちはルッコラと比較するとずっと温和な印象で、人種は青い肌のジャリー種だ。背はクロノと同じくらいだろうか。

 

「ここが?」

 

 クロノが思わず呟いた。

 そこは坑道の途中の場所で、重機で掘ってはいるが、まだあまり進んでいない様に見える。

 

「この場所は坑道の途中の様に見えるでしょうが、先の方はもう調査してダメだと分かってね。元々ここを掘る話だったんですが、岩盤がデナドロで固くてね。迂回しようと思ってこの先を掘ったら浸水したので、ここに戻って来たわけですよ。いやはや、アンダーソンさんからすれば、この話はデナドロ鉱石の採取も出来て全く痛くもない話の様だが、私らからすれば厄介な鉱脈ですよ。これを中世に彫り貫いたというんだ。まったく中世の人々はとんだ化け物だ。」

 

 自分の先祖をとんだ化け物と言ってのけるルッコラに驚くクロノだが、ただじっと待っているわけにもいかなかった。

 

「俺達に出来る事はありませんか?見た所、重機の進みは本当に悪い様だし。」

「メキャベ君、どう思う?」

「そうですね。協力頂けたら確かに有り難いのですが、デナドロ鉱石はとても固く魔法耐性の強い石です。我々魔族が幾ら魔法を使えると言っても、この鉱石を彫り貫くのは簡単な話ではないんですよ。ですから、お手伝い頂く様なことは何も無いかと…。」

「デナドロが固いなら、その耐性を緩める事が出来れば良いんじゃないかしら?」

「え?」

 

 唐突なシズクの意見に、メキャベは戸惑った。

 

「確かにその通りですが、鉄やミスリル銀と違って、デナドロの分子構造はとても強固で、簡単に緩められる様な代物ではないですよ?」

「デナドロのES耐性は天寄りの耐性を持っているから、地の方向から天を中和して残りの火と水による冥化をさせてから、強力な天のエネルギーをぶつければぶっ壊れるんじゃない?」

「反属性化してから先天属性で破壊…それは考えても見なかった。確かに、ダイヤはダイヤで削らないと削れない。魔法効果も考えようによってはそういう扱い方もあるかも…。」

「幸いにして、地属性は私とメキャベ君、そしてアンダーソンさんがいる。天はクロノさん達の強力な一発を頂ければ出力は足りそうですね。やりましょうか。」

 

 ルッコラはこの話に早速乗り気の様だ。

 クロノ達は準備に取りかかった。坑夫を下がらせると、まずルッコラ達が地の魔法でデナドロ石の彫り貫きたい範囲に対し局所的に中和した。十分な中和には5分少々の時間が必要だったが無事に済んだ。今度はクロノ達の番である。

 

「シズク、用意は良いか?」

「はいな!」

 

 二人は同時にサンダガを放つ。通常のサンダガより倍の出力は有るだろう稲妻が正面の壁面と衝突した。それは驚くべき光景だった。魔法が衝突した瞬間、前方の壁がまるで押し出す様に綺麗に円筒形の形状をスライドさせて後退したのだ。それはとても気持ちの良い程の抜け方で、スポッとでも音を当てたくなる程の呆気なさだった。抜け穴の長さはおよそ20m程で抜けた様だが、抜けた先に彫り貫いた構造物は見えなかった。

 

「抜けましたな。どうやら浸水もしていない。進んでみましょうか。」

 

 ルッコラが先を進む。クロノ達も後に続いた。

 抜け穴の出口に着いたルッコラは、明かりで内部を照らした。
 見た所そこは大きな空洞が広がっていた。色とりどりの光苔が所々に繁茂し、地下100m以上の地底に広がる鍾乳洞の様な趣を持ったそこは、幻想的とでも言える空間だった。よく見ると、下の方に円筒形の岩石が落下の衝撃で砕けているのが見えた。

 

「…素晴らしい。こんな地下にこの様な空間が。しかも、空気がある。」

「抜け穴の壁面を見た所、地層的なスライドが認められます。緩やかに沈んだというよりは、とても急激な沈降が発生したと思われます。たぶん、この土地は数百年前は陸だった可能性もありそうです。あと、気になる点も。」

「気になる?」

「はい、幾つか人工的に手を加えられた様な痕跡を認めました。このデナドロの岩盤も、もしかしたら元々ここに有るものではなく、どこかから運んで来た可能性も考えられます。」

「では、当たりの様ですな。ワクワクするじゃないか。先を進もう。」

 

 フリッツがニコニコしながら歩き出す。

 抜け穴の先の空間は、出てすぐに左方向へ下る緩やかな坂が出来ていた。その坂の下には先程くりぬいた岩石が散乱しているが、道を塞ぐ様な状態ではなかった。彼らはそれらの間を縫う様に進む。すると、床に石畳の様な人工的に敷き詰められたものが見られた。

 

「(これは、一体?)」

 

 ルッコラは前を進みながら疑問に感じていた。それはクロノとて同様だ。過去に通った事がある魔岩窟はただの掘り貫いただけの洞窟で、これ程綺麗な石畳が敷き詰められていることは有り得なかった。これはクロノ達が通った後に加工されたのだろうか。いずれにしろ、不可解なものだ。

 先を更に進むと、大きな空洞に出た。前方には誰が見ても人工的に積み上げられたと分かる煉瓦組みの大きな壁面に、これまた大きな門扉が付いていた。クロノはこの扉の形状に見覚えを感じた。

 

「(おいおい、待てよ。そんなことがあるのか?)」

 

 クロノの既視感をよそに、ルッコラはつかつかと前を進み門を調べる。

 

「ふむ、これは凄い。この扉、どうやら中世のものだ。しかもかなり強固なシャイン鉱石を使用している。装飾も中世期の戦争時に描かれたものと酷似しているし…文字だ。何々……我が魔王軍の科学力は世界一……ビネガー・ワイナリン…………ビネガー1世のサインだ!?」

 

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