クロノプロジェクト正式連載版シーズン3
第125話「古代の遺物」
「…お父様、結局彼らを取り逃がしてしまいました。」
「…うむ。だが、よくやった。この場は奴らを撃退しただけでも収穫だ。命を粗末にしてはならない。」
「しかし、これでは、この国は…」
「なぁに、この国を侮ってはいけない。なぁ、ワイナード?」
フリッツは彼が支える男に明るく話しかけた。
支えられた男…この国の現職大統領であるビネガー9世・ワイナード・ワイナリンは、不安な面持ちの娘へ穏やかに言った。
「彼の言う通りだ。お前の心配する事ではない。防衛はラモードに任せてある。また、今回の件で問題の閣僚を炙り出す事にも成功した。…ようやくこちらも表立って動けるようになる。」
「…お父様、お祖父様はお許しになられたのですか?」
「…父上もご理解下さるだろう。この様な状況を放置すれば、傷はいずれ大きくなる。確かにメディーナ20年の繁栄を築いたのは、父上とボッシュ博士の功績が大きい。だが、父上もボッシュ博士も御高齢だ。いつまでも頼るわけには行くまい。」
そこに横から尋ねる声があった。
「…あの、大統領閣下、先程の話に出たボッシュ博士とお会いすることは出来ませんか?」
クロノの声に、彼は振り向くとフリッツの支えを解いた。そして、自らの力で身体を支えると、姿勢を正して恭しく一礼した。
彼の突然の行動に、礼をされた側もまた慌てて姿勢を正して礼を返した。
「お初にお目にかかります、トラシェイド公。娘がお世話になりました。」
「…やはり、あなたもご存知なんですね。一体、私のことはどのくらい有名なんですか。」
クロノは半ば自分の身分のバレっぷりに驚くのを通り越して呆れすら感じていた。
ここまでくると、発言した通りに正直どこまで知られているのか知りたいくらいだった。
そんな彼に大統領はにこやかに答える。
「ははは、いや、話せば長くなるので簡潔に答えたい。まず、殿下のお尋ねになったボッシュ博士については、彼は今行方不明となっている。」
「行方不明?」
「突然消えた。…という状況だったと聞き及んでいます。詳しい話は研究院のルッコラ博士から聞いて下さい。これまでの調査で分かっていることは、少なくともパレポリの仕業ではないということだけです。」
「…自分で消えた?」
「…いや、それもわかりません。ルッコラ博士の見解では、疑問点は多数挙がる様だということです。ただ、殿下が来る事をボッシュ博士は予想されていた。」
「私の事を?」
「はい。そのために我々は世界中であなたの消息を調査していました。そして、20年の月日を経て、ようやくあなたは現れたということです。詳しくは移動しながら話しましょうか。」
その後、クロノ達は大統領と共に試練の洞窟施設内へ護衛されながら移動を始めた。
大統領の話では、ボッシュは初めからクロノの死亡説に対して疑問を感じていたという。特に王の死体は晒されたが、王太子夫妻の死体が無いということは当初から様々な方面で憶測を呼んだ。そうした中、ボッシュはメディーナが今後パレポリに屈しないためには、クロノの力がいずれ必要になると指摘していたという。
大統領自身もその考えには同意していた。
彼自身、魔族のみでパレポリと対峙して勝てる見込みは無く、数の力で圧倒されるのは目に見えていた。その為には人間との共生は必要不可欠な条件であったが、それを纏めるにはメディーナは多くの面で不備があった。
当初は旧ガルディア難民の受け入れから始まったメディーナの移民政策は、元々仲の良いわけではない異人種間の交流を急速かつ大量に受け入れざるを得なかった。その結果、国内では人種間衝突は絶えず、多くの地域で混乱が生じた。しかし、それを取りなしたのはボッシュの存在だった。
人間でありながら強力で高度な魔力と高い知識を持つボッシュの存在は、この国の危機の時に立ち上がった彼の存在感もあって融和の象徴として機能し、特に彼が学問においてメディーナを導いたことは、この国を平和的に発展させる上で大きく寄与した。
魔族は一部の部族を除くと、総じてそれほど器用な民族ではない。特に魔法という力を使えることが彼らの学問的発展を妨げてきた面は否めなかった。だが、そこに魔法を使えない人間達の技術力が加わる事で、ボッシュは太古の時代の魔法科学を復活させることを可能にした。
これは魔族と人間がお互いの力を認め合う良い機会となり、相互の融和が進む切っ掛けとなった。しかし、ここに来て魔力を持つものと持たざるものの格差も生まれつつあった。この溝は簡単に埋めようと思って埋められるものではない。
その間もパレポリの脅威は大きくなる。
この状況に対して短期間に人間達を纏めるためには、人間達の納得するカリスマが必要だった。それこそがクロノを探し求めた理由だという。
「…しかし、それは私に、再び歴史の表舞台に立てという事を、仰っているわけですね。」
クロノは彼らの考える道が間違っているとは言えなかった。だが、それが意味することは、再び表立って道化を演じることを意味する。今後マールを助けたとして、あえて表立って彼女を危険に晒す結果となるこの動きに乗る事が正しいのか、彼は割り切れない物を感じていた。しかし、彼らとてタダで協力するとは言わないだろう。この時点でクロノが提供し得る取引材料もまた、彼らの言う道以外に無いことも確かだった。
「ようやく着きましたな。こちらをご覧下さい。」
彼らは施設内の最深地層にあるドーム型の部屋にやってきた。そこの中央には驚くべき物体が安置されていた。
「これは…魔神器!?」
クロノは思わず口にせずにはいられなかった。。
そこに後方から声がした。
「…その通りです。」
振り向くと、そこには1人の若い魔族の男性がこちらへ向って歩いてきた。人種はジャリーだろう。だが、背はソイソーの様に高く、眉目も整った理知的な顔をしている。彼は近くに来ると、握手の手を差し出した。
「お初にお目にかかります。私がボッシュ博士の代理を務めますルッコラです。」
クロノがそれに応じて悪手すると、彼はにっこりと微笑んだ。
そんな彼に、クロノは脳裏の疑問をぶつけた。
「なぜ、これが?こんな危険な物をどうやって?」
「…これをご存知なのですね。さすが、ボッシュ様のお認めになる方だ。ただし、これはあなたが知る物とは違う。これを簡単に説明するなら、あなた方の魔力を引き出すための装置。魔力を増幅し、本来あるべき姿に整形するもの。」
「あるべき姿?」
「…左様。このシステムは失われたジール人が持っていたという高度な魔法技術を復活させることができる、いわば『リストガンの原型』と言えるでしょう。このシステムを稼働させられれば、メディーナに住まう魔族は勿論、魔族と触れ合ってきた人間達にも魔力を生じさせる事ができると考えています。」
「させられればってことは、動かないってことですか?」
ルッコラは彼の質問に答えるでも無く、無言で装置へ向かって歩き始めた。そして、装置のコンソールに触れる。
すると、鈍いブーンという音と共に、装置を囲む透明な円筒形の窓の中が青白く輝き始めた。
「システムは動きます。しかし、まだ開発は半ば。現状ではある一定の能力者の強化にしか役立たない。…これからあなたの魔力を引き出して差し上げましょう。まぁ、あなたに潜在的な魔力があればの話ですが。」
彼はコンソールを操作し、システムをクロノにターゲットして実行させた。
すると、クロノの足元を中心に青い魔法陣が形成され、そのサークルの外側を囲むように光のフィールドが円筒形に包み込んだ。
「な、なんだ!?力が…抜けて…いく…………うあぁあああ!!!!」
「クロノ!?」
シズクが驚いて思わず彼の名を呼んだ。
だが、その時クロノの身体からなにかが飛び出した。
それは、黄金に輝いて宙を浮いていた。
「…私は………?」
なんと、そこに現れたのはあのアウローラの姿だった。しかし、以前の彼女とは違い、彼女は次第に光が消えて行くと、服装も爽やかな白を基調に青のアクセントラインをいれた戦闘服のような物を身に纏っていた。
「アウローラ!?お前、どうやって!?」
彼の問い掛けに彼女も戸惑っていたが、落ち着きを取り戻し答えた。
「…どうやら、あなたの中にある『あなた自身』が私を取り込んだ様ですね。」
「俺が取り込んだ!?えっと、ルッコラ博士、これはどういうことなんですか!?」
ルッコラは向き直り言った。
「これはサーバント。」
「サーバント?」
「はい。」
「その、サーバントって一体何なんだ?バンダーが使っていた奴もそうなんだろ?たしか、死んだ人が精霊になったものがサーバントとか聞いた。だったら、俺の中から出て来るって変だろ!」
「…考えられるのは、どうやらあなたはサーバントを出さずして、あなた自身の中にこの精霊を取り込んだと思われます。これはとても特異な事です。本来、サーバントは術者間の合意の中で継承されるもの。そして、サーバントを宿すには自身のサーバントで取り込まなくてはならない。しかし、あなたは強引にマヨネーから奪ったと考えられます。」
「奪った?…………で、これは一体どうなるんだ???」
「彼女はあなたの魔力を得て実体化し、あなたと共に戦うでしょう。サーバントが繰り出す力は肉体の枷が離れる為、より強力な力を行使出来ます。そして、サーバントはあなたの心と連動し、その力を増幅することもあれば低下することもあります。」
「…そうか。しかし、俺にこんなものを施してどうするんだ?」
「あぁ、これは別に特別なものではありません。元々あなたに備わっていた力を引き出しているに過ぎない。先程も話した様に、この装置は元々有るものにしか作用できないのです。ですから、無から有は生じ得ない原理なのです。まぁ、あなたにこの力を分かり易く説明するならば、仮にあなたが亡くなったなら、あなたの肉体は失われても、その心と力は残るレベルにあなたが達している…つまり、精霊として残る力を持っているということです。これは強い力を持つ者の証の様なものです。」
「…俺が、精霊に?」
「この試験の合格者には全てこの処置を施す事にしています。これは、あの試験をクリア出来るレベルに到達している者には、死後サーバントとして力を残す可能性が有る事を意味します。そして、サーバントとなれる者は、サーバントを取り込んだり扱う事が出来る。…ボッシュ博士は仰った。世界中に眠るサーバントの力を結集しなければならないと。そして、その力を集めた時、パレポリを統べる者に挑戦するに値する力となるだろうと。…パレポリを倒すとはルーキスを倒す事。彼を越えられない限り、世界は変わりようが無い。」
「ルーキス?」
「パレポリ連邦共和国軍総帥のことです。彼は我々魔族を遥かに超越した力を使う。黒薔薇を統べるディアも相当強いですが、ルーキス1人で一国を滅ぼせる…と実際に闘ったボッシュ博士は仰った。」
クロノ達はその後全員がこの処置を受けた。そして、一通りの説明を受けると、彼らは大統領と別れ、列車に乗ってフリッツやルッコラ博士と共にボッシュの街へ戻る事になった。その時、ミネルバもまた、クロノ達と別れる事になった。
試練の洞窟駅ホームにて。
「お二人と行動を共にした事は、一生忘れません。また、お会いする日を、そして共に戦える日をお待ちしています。互いに全力を尽くしましょう。」
「あぁ、また会おうぜ!」
「ミネルバさん、ありがとう。」
シズクがミネルバを抱擁した。ミネルバもそれに応じる。
ホームには出発のベルが鳴り響いていた。
「旅の無事を祈っているわ。また会いましょう。」
「うん、またね。」
二人が列車に乗った時、列車のドアがゆっくりと閉じられた。
鈍い機械音が唸り、ゆっくりと走り始める。シズクが窓の外のミネルバを見た。
彼女はシズクにそっと手を振って別れを惜しむ様に列車を見つめていた。
次第に彼女の姿が遠ざかる。
クロノはシズクの肩にそっと手を置くと、フリッツ達のもとへ行こうと告げた。
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お読み頂きありがとうございます。
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