クロノプロジェクト正式連載版シーズン2
第113話「個人戦」
「来たか、チームポチョ。」
そこに現れたのは、探し求めていたチームの一つ、ファイアブラストだった。
彼らは通路の中央で陣取った。
「火の呪印、返してもらうわよ!!!」
シズクが怒りの形相で叫ぶ。
その表情はクロノですらぎょっとするとほど。
そんな彼女に、バンダーはたじろぎながら、
「お、おい、そないに怒る事あらへんやないか。俺かてこの試験のルールがあるさかい、仕方なくあんたらの呪印をもろたんやで?恨みっこ無しや、な?」
「いいえ、恨みます。そして、返してもらうわ。すぐ!!!」
「…へへ、そうかい。いや、それは俺らへの挑戦ってことでオーケーやな?」
「えぇ。叩きのめす!!!」
シズクの握りしめた拳から火が吹き出す。
急速に高まり出している彼女の魔力にバンダーは内心驚いていたが、彼も何の考えも無しに挑戦を受けるわけではない。
「んじゃ、お互いフェアに行こうやないか。見たところ、俺らとあんたらじゃ、あんたらの方が上やから連携されるとかなわん。せやから、ここは堂々と一対一で勝負ってことでどうや?」
「個人戦?…どうする、クロノ?」
バンダーの提案は彼らの思惑も有っての話なのだろう。だが、個人戦ならばクロノ達も不利な話ではなかった。彼らが認めている通り、魔力レベルはこちらが上。だとすれば個人で戦っても力押しで十分競り勝てるとも言える。
「俺は構わない。ミネルバさんはどう思う?」
「私も異存は有りません。どちらでも対応します。」
「シズクは?」
「わ、私もOKよ!!」
二人の強気のコメントに、シズクも負けるわけにはいかなかった。
それをみてクロノはにやりと笑い、バンダーの提案に回答する。
「じゃ、俺達に異存はない。その提案、受けよう。」
クロノの力強い回答に、バンダーは内心苦っていた。
「さよか。(うは、スゲー余裕やな。こえぇ〜)ほなら、さっそく先方だしてくれや。うちはこのヤッパが出るで!ほな、行ったれ!ヤッパ!」
「もー、…むん、むぅごぉ。(…うん、いいよ。)」
バンダーが出してきたのは、超肥満巨漢のヤッパだった。
ヤッパは他の事は全く関係ないと言わんばかりに菓子袋から菓子を出して、むしゃむしゃと一心不乱に食べ続けていた。その異様な程の食べっぷりは、見るものから食欲を奪う様だ。クロノ達3人もまたその例外に漏れず、少なからぬ嫌悪感を感じていた。
そこに1人歩み出る姿が有った。
「…私がお相手しましょう。」
ミネルバが前に出た。
彼女は杖を出すと、ヤッパの前に対峙した。
「ミネルバさん、ホントに良いの?」
シズクの問いに彼女は微笑んで言った。
「私も頑張らなくちゃ。ね?」
彼女の回答を聞いて、バンダーはコクリと頷いた。
「ほな、そこのお嬢に決定やな。したら、第一試合開始や!」
そう言い彼は右手に魔力を集中した。そして、地面に一気にその拳を叩付けた。
めり込むほどの力は地面に衝撃音とともに爆炎を吹き上げ、まるでそれは試合を放棄する事を拒むかのようにサークル状に囲むと、二人を赤々と照らした。
バンダーの小細工にシズクが抗議する。
「何なのこれ!!ミネルバさんは水属性だと知っていてやっているの!!!すぐにやめないなら、私も考えがあるわ。」
彼女の抗議に、彼は悪びれもせず返した
「な〜に、これはリングや。この炎は試合がしっかりフェアに行われているか視覚的に把握する為や。闇の中では何してるかわからへんやろ?」
「そんなもの必要ないわ。」
「…必要あらへんかどうかは、本人達が決める事やろ。で、どうなんや、お嬢はん?」
彼に振られたミネルバは、振り向く事もなくヤッパを見据えて答えた。
「あなたの仰る通り、フィールドへの影響は軽微です。私はあなたの対応に不満はありません。続行します。」
彼女の答えにバンダーはにっこり頷いてシズクの方を見ると、シズクもさすがに抗議の声を上げるわけにもいかず、彼女は渋々要求を取り下げた。
「…少しでも変な動きを見せたら、私は躊躇無くあんたを消し炭に変えるからね。覚えておきなさい。」
要求は取り下げても、シズクの闘争心はより一層燃えているようだった。
バンダーは内心肝を冷やしつつ、試合に視線を移した。
試合を開始してからの二人は微動だにせず、ただにらみ合いが続いた。いや、正しくはヤッパの方は相変わらず菓子を食べ続けているのだが、それ以上の動きを見せるわけでも無く、ただマイペースに快調に食べ続けている。一見すると、これは何か全く別の試合をしているのではないかと思うほどに、戦闘というには場違いな雰囲気が漂っていた。
「………嫌ね。ここは。」
彼女はいい加減にこの場の雰囲気に飽きてきていた。任務とはいえ、この闇の中を二人の巨漢を連れて歩くというのはなかなか暑苦しい話だ。しかも、この二人はまともな会話をしない。もはや独り歩きしている様なものだ。であるにも関わらず二人の男が背後にいる鬱陶しさは無い。
「(…困ったわね。)」
彼女としては、既に条件を揃えているので、戻るだけだった。だが、入り口付近に複数の気配が有るのはどうにも具合が悪い。いい加減お仕舞にしたいところだが、この試験に強行突破はご法度。勿論、やって出来なくは無いが、それをしてしまってはこれまでの苦労が水の泡と言えた。
だが、既に相当の実りはあった。
この洞窟内部だけでも、目を見張るような宝の山であることは確かであった。4体の呪印獣に特殊フィールドの存在は、それだけですら十分な価値のある代物と言えた。それに加えてこの試験には予想通りに複数のエインシェントの使い手が集っていた。
エインシェントの使い手がこれほどに集る機会はそうは無い。当然といえば当然の話だが、彼らも十中八九で自分達の動きを読んできているだろうといえた。しかし、それでも表向きのアクションを取らないのは、彼らがまだ表立って行動を起こす準備が整っていない事の現れであり、利はこちらにあると言えた。
ただ、予想外に術者達のレベルは上がっていた。そのレベルは十分に脅威となり得るものであり、確かに上層部が脅威と感じた事は正しいと言えた。しかし、何より厄介な事は、術者の中にも自分達の存在を知る者がいるということだった。
だが、これは予想の範囲とも言えた。
相手は太古の文明を統べた賢者ボッシュである。メディーナをこれほどの大国にした知力は侮れない。彼らはわざとこちらの流れに乗っている可能性を否定できない以上、こちらも滅多な行動を取れないジレンマが有る。しかし、ジレンマで縛られているのはこちらだけではない。特に将来有望な戦士となりうる少年少女が多く集るこの場での事件は、メディーナ政府にも大きなダメージになる事は免れない。両国関係を崩したくないメディーナは、セオリー通りならば正規の行動に出る可能性は低い。そして、何より幸運なことはクロノの存在といえた。
この難しい時期に絶妙なタイミングで彼は現れた。
彼は沢山のカードを用意してくれた。彼女にとっては幸運のラッキーガイだ。
「(…さて、ラッキーはどこまで続くかしら?)」
彼女は気配を巡らしながら、クロノ達の試合を見届けようとしていた。
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