クロノプロジェクト正式連載版シーズン2
 

第112話「光」
 
 イド達と別れたクロノ達は、再び暗い迷路を彷徨っていた。
 まずは冥の呪印の前に、火の呪印を見つけなくてはならない。
 火の呪印は試験突破間近と思われる「メーガスかしまし娘。」または「ファイアブラスト」が持っていることは確かだろう。だが、この2つのチームは流石と言うべきか、全く気配を読む事が出来ない。
 迷路の中では魔力が視覚であると同時に死角にすらなる。もしも、ハイド達の戦いを観なかったら、彼が言った通り、冥の呪印の間を延々と探し続けていた可能性は否定できず、クロノ達は幸運と言えた。だが、道が見えただけでは、先に進む事は出来ない。
 この試験はただ進めば良いのではなく、条件をクリアしなくてはならないのだから。
 そこに歩き疲れたシズクが言った。
 
 
「ねぇ、ただ探し回るのは非効率だと思うわ。ここは、二つのチームがクリア間近という点を考慮して、スタート地点に戻ると考えた方がベターだと思うの。どう?」
 
 
 シズクの提案にミネルバが答えた。
 
 
「確かに、その提案は合理的判断ですね。でも、それは私達以外のチームも同様に考える可能性は否定できません。つまり、そこが誰もが通る場所であるならば、私達が無用な挑戦を受ける可能性もあるということです。」
 
 
 ミネルバの指摘に、シズクは
 
 
「…そうね。ミネルバさんの意見はその通りね。わざわざ魔力を殺していても、そこに行ってしまったら隠す事はできない。でも、こうは考えられないかな?… その、さっきのハイドの分析は確かだと思うのよ。私達と対等に戦えるのはメーガスかしまし娘とファイアブラストとグリフィス。でも、逆を言えばこの3チーム以外は勝てるということよね?」
 
 
 シズクの話に思わずクロノが笑った。
 
 
「ははは、大胆にきたな。でも、そうだな。俺達は例え天の呪印の間で戦ったヒカルと再戦したとしても、一対一なら勝てるだろう。…この戦い、そろそろ賭けに出る時に来ているかもな。」
 
 
 クロノの言葉からは自信も伺われる力強い音色が含まれていた。
 彼の言葉にミネルバも意を決した様だ。
 
 
「そうですね。クロノさんの仰る通りかもしれません。シズクさん、私の弱気な発言は不見識でしたわ。今は試験。私も賭けなくてはならないのですよね。」
「あ、いいよ。そんなの気にしなくて。そういう現実的な反論が無きゃ、私達って割と突っ走っちゃう方だから。ミネルバさんがいてバランス取っていると思う。さぁ、決まったし、行きましょう!」
 
 
 3人は迷路をスタート地点へ向けて戻り始めた。
 その間、先ほどの位置からそう遠くない方で幾度か戦闘らしきものがあったらしく、魔力反応が感じられた。この反応はハイド達だろうか。まだそんなに遠くには行っていないだろうことから、そう想像して間違いは無いだろう。
 スタート地点への途上、3人は語らいながら歩いた。
 
 
「しかし、ミネルバさんは凄く冷静だよな。同じ水属性でも、マールなんて凄く危なっかしいのに、ミネルバさんはいつも凄く透き通る水面って感じかな。」
 
 
 クロノの視点に、ミネルバは微笑んで言った。
 
 
「フフフ、性格と属性は関係ないですわ。それは育った環境が作るものです。私は昔から危ない橋を渡ってはならないと言われて育ちました。それこそ、石橋を叩いて叩き過ぎて、仕舞には割ってしまうんじゃないかと思うほどに。でも、それが悪い事でも無いからこそ、私は否定せずにその教えを受け入れて育ちました。その結果が今の私ですわ。」
 
 
 彼女は自分で話しながら幼少の頃を思い出していた。
 彼女の父はとても堅実で厳格な性格の持ち主で、彼女が話す通り、幼少の頃から彼女を厳しく、それでいて危険を心配し著しく避けて育てた。彼女はそんな父の姿勢に疑問を思う事も知らず育った。
 
 何より、彼女は父親を尊敬していた。彼女が幼少の頃から、既に父は立派な政治家として国民の多くから支持を受け、そして立派に多くの人々に幸せをもたらす働きをしていた。確かに細かく見てゆけば不満が出ても不思議ではないが、彼女からすれば父親は英雄であり、多くの人から尊敬される父の姿が誇りでもあった。
 
 しかし、彼女も成長し、父の仕事の一端を知る年頃になると、彼女の中にも少なからぬわだかまりは生じた。それは彼女自身が育つ中で培った慎重さや堅実さが、政治家としてのダイナミズムを失い、この国を支える力として不安を感じる様になったからだ。
 
 
 父は、この国を人間達の争いに巻き込ませてはならないと考えていた。
 
 
 それは国父として讚えられるボッシュ博士が残した意向に沿うもので、確かにこの国が25年という長期の繁栄を築く力となった。しかし、それは同時にパレポリという大国を野放しに巨大化させる片棒を担いでしまう結果にもなった。
 今ではこの国が繁栄した以上に巨大なパレポリが、自国との同盟を破棄する動きすら見せてきている。近年、トルースを拠点に軍事力を増強したパレポリ海軍は、次第に領海を侵犯することが増えた。
 それは最初は単なるミスの範囲であり、そう大きく捉えるべき問題ではなかった。だが、パレポリとメディーナの利害が衝突する機会が増えた現在、そうした小さな問題が大きな問題への切っ掛けになる可能性は否定できなかった。
 
 パレポリが攻撃的な対応を見せてきているのに対して、メディーナの動きはとても緩慢で不安を隠せるようなものではなかった。確かにメディーナは科学技術の上ではパレポリを上回っており、先端産業である魔法科学産業分野でのメディーナ企業のシェアはパレポリも無視できない。しかし、企業はうつろう器に過ぎず、それは力ではない。
 人々がメディーナという国に不安を感じた時、この国はその姿を保てるだろうか。そして、それが彼女の父が守り続けてきた信念で耐え得るのだろうか。…メディーナ政界の派閥の中には過激な路線を主張する者たちもいる。今は好景気の中にいるメディーナだが、一度不景気に転落した時、メディーナ政界は一気に右傾化する可能性を否定できない。
 彼女はそんな中で、彼女の父が自身に課したこの課題を受けて感じていた。父も彼女同様に不安を持っているのだと。しかし、それをそうだと認めたところで何が出来るのだろうか。彼女は自分の不安のやり場を父の責任にしていたが、自分自身ではどうしたかったのだろうか。
 
 
 この試験は父からの答えだと思えた。
 
 
 何も考えず与えられることに慣れてきた自身に、自分で考えて動く機会を与えられたことこそ、この国が培ってきた最も大切なことなのだと。そして、この試験は武器を否定し魔力という心の力を最大の判断材料とした。
 
 
 魔力には心が表れる。
 
 
 魔力も武器同様に人を殺める力にもなるが、この力は正しい力を使う者を見極める目安になる。その性質上偽れない力は、心を浮き彫りにする。
 
 自分のすぐ隣を歩く二人の心は勿論、この試験を目指した人々の心の力は、思っていたより力強く、そして清々しい。
 こんな晴れやかな心が有り、そして、そうした人達を守る為に動けるのであれば、例えそれが無謀であろうとも、例えそれが今にも落ちそうな橋だとしても、壊れそうな物は直せばいいし、危ない物は無害化する努力を惜しむべきではない。
 
 信念は、曲げない為にあるわけではなく、目的を果たす為に心を支える魔法の言葉であり、慎重さも心配も全ては人を思う気持ちが生み出すものなのだと。
 
 彼女は、父を尊敬している。
 それだけに、この試験は必ず突破しなければならない。
 
 
「あ、光だ!」
 
 
 シズクが思わず言った。
 彼らの前方遠くに確かに光が見えた。それはまだ点の様だが、スタート地点の室内の明かりが白く光を放っている。
 全くの闇の中でそれの持つ存在感の大きさは、見るだけで人の心に明かりを灯すほどだ。…いかに闇に慣れたと言っても、世界は本来光で溢れており、その輝きを忘れる事は出来ない。
 まだゴールする条件を備えていないとはいえ、3人の感情は高揚する。
 だが、遂に何者かが前方の光を遮った。
 
 
「へへ、待ってたぜ。」
 
 
 そのシルエットは、忘れもしなかった。

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