クロノプロジェクト正式連載版シーズン2
 

第98話「目覚めたそこは」(CPss2第14話)
 
、うぅ、…………ここは、………私?」
 
 目を開けると、目前には低い天井が見えた。
 部屋は薄暗く、仄かに明かりを灯す電気スタンドが見える。
 
「……なんで、寝てるの。」
 
 彼女はゆっくり起き上がる。
 それまで寝ていた場所が柔らかな布団の中で、低い天井に感じたのは天蓋付きのベッドだからということがわかる。それ以外にも高価で歴史的価値のある調度品の数々…どこかの屋敷の一室には違いない。
 
 彼女はそっとベッドから足を出した。
 そこにはご丁寧にもスリッパが置かれており、とても細かい刺繍の施されたレース付きの可愛いデザインに思わず目が輝く。だが、そんなことに心奪われているわけにはいかない。彼女は気を引き締めるようにパチリと頬を両手で叩くと、しゃっきりと立ち上がり辺りを見回した。
 
 部屋の広さは40畳ほど。白い壁に美しい木製家具が並び、重厚な雰囲気を醸し出していた。窓は厚いカーテンで閉められている。
 彼女は窓辺へ行きカーテンをそっと開いて外を見た。

 外は何も無い遠い闇と、眼下に散らばる宝石のような夜景が広がっていた。彼女はこの窓から脱出することは絶望的であることは勿論、窓自体が割らない限り出られない作りになっていることを知った。しかし、考えたくは無いが、全ての選択肢が閉ざされた時は、この窓も一つの選択肢である事も考慮に入れざるを得ない現実も感じた。
 窓の外に見える宝石達は何処の街だろうか。とてもカラフルに輝く光はトルースの夜景とは全く豪華さが違った。相当に栄えた美しい輝きを放つ街並み…ふと胸が痛んだ。
 
 その時、窓とは反対側にあるドアが開いた。
 彼女が振り向いた時には、一人の男が入ってきていた。その男は赤い顎髭を生やした年配の男性だった。しかし、彼女はその男性を前に戸惑いを感じていた。
 彼女の心の準備なんてお構いなく、男は静かに歩きながら話しかけてきた。
 
「…よく、眠れたかな。」
 
 その声は聞き覚えが有った。
 それは忘れもしない、彼女を追いつめた張本人。
 
「…お陰様で。」
 
 彼女の返答に、男は微笑むと歩みを止めて言った。
 
「…そう、構えなくて良い。命を狙っているわけじゃない。」
 
 彼の言葉に、彼女は冷静に言った。
 
「そうね。それが目的なら、私はあなたとここで話す機会はなかった。信じましょう。でも、ボランティアで政治は動かない。あなたの目的は何かしら。」
 
 彼女の凛とした表情と言葉に、いくら没落しようと、その品位は失われないことに笑みが漏れた。
 
「ふふふ、はっはっはっ。いや、ボランティアではないことを認めよう。大したものだ。私が望むものは…なぁに、簡単な話だ。『静かに暮らしてくれればいい。』それだけだ。」
「それは私も望むこと。しかし、その為に民を見殺しにするという愚挙を犯すは恥ずべき事。あなたからすれば、私は老いたる王国の亡霊でしょう。でも、亡霊であるからこそ、私は静かにしている気は無いわ。」
 
 彼は彼女の言葉にしばし間を置くと、彼女とは離れた窓にむかって歩き始めた。そして語りかける。
 
「…見たかな。」
 
 彼がカーテンをそっと開き、眼下の都市に目を落とす。
 
「…世界は本当に君の信じた幸せを謳歌していたのかね。それが本当であるならば、この街はこうも輝いたであろうか。」
「何を言いたいの。」
「我が国はどうかね。君の知る姿とは大きく変わってしまったが、紛れも無く君の知るあの街の未来の姿だ。」
「………。」

 彼女は薄々感づいていた。そして、彼の言う現実というものも、こうして実際に目の当たりにして、実感とでも言おう感想が浮かび上がろうとしていた。しかし、それを認めてどうしようというのだろう。認めて見殺しにした民を尻目に安穏と暮らせと彼は言う。だが、確かにこの街がこれほどの発展を見せたのであれば、千年の歴史を誇る王国というものは、同時に千年もの繁栄のチャンスを奪ってきたのだろうか。…戸惑いは止まらない。
 
 彼はそんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、微笑んで言った。
 
「深刻に考える事はない。歴史は流れ、いつしか君が望もうと望むまいと変わる時が来る。君が見ているものは、それが遅く現れたか、早く現れたかの違いに過ぎない。」
 
 彼の言葉は確かにその通りなのかもしれない。
 時代はいつかこのような道を流れたかもしれない事は、彼女自身が既に気付いていた。それは未来に王国が消え、全く違うシステムの中で人々が生活していた事実を実際に見ていたからこそ、彼の言葉の意味がよく分かる。いや、それはまるで彼もこの事実を共有していたかの様な話でもある。不意に疑問が湧いた。
 
「…随分慣れた口ぶりね。」
「口だけではない。私は、事実を話しているまでだ。」
 
 そう言うと彼はカーテンを戻し、ゆっくりとドアに向かって歩き始めた。
 
「…すまないが、しばらくはこの部屋のみで暮らしてもらう事になるだろう。何か必要ならベッドの横の電話から連絡するが良い。連絡方法は電話横のガイドブックに出ている。…何度も言うようだが悪いようにはしない。お姫さまらしくお淑やかに宜しくな。」
 
 静かにドアを開くと、彼はそのまま振り向きもせず部屋を出ていった。
 彼は無防備といっても過言ではないほど、一度も振り向かず彼女に背中を見せて歩いていた。いつでも彼女には彼を攻撃する隙はあったはずだった。しかし、彼女はしなかった。いや、それをしようがなかった。
 あまりにも大きなプレッシャーを前に、彼が去った後も足を動かす事ができなかった。足だけではない、怒りとは裏腹に怖れで押しつぶされていた彼女は何も動けず、ただ彼が去るのを見守る事しかできなかったのだ。

 それはあまりにも屈辱的な間だった。

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