クロノプロジェクト正式連載版シーズン2
 

第87話「老紳士」
 
 
 業員は困惑の表情で二人を見ているしかなかった。
 
 そこに待ち合いのソファーで座っていた、白いスーツを着た老紳士というに相応し
い威厳と品を備えた男性が、フロントの方へにこやかにゆっくりとやってきた。
 
 
「君、良いかな?」
「はい?」
「こちらの方々の費用は私が払おう。部屋はいつもの部屋で良い。」
「宜しいのですか?」
「あぁ。」
 
 
 そう言うと老紳士は財布から1000メディーナゴールド分の小切手を取りだし払った。
 二人は驚いて老紳士を見た。
 
 
「あの…」
「いやぁ、良いんだ。さぁ、鍵を貰いなさい。」
「え、いや、そんな受け取れません。」
「ハハハ、若者は、年寄りの厚意を素直に受け取るものだよ。」
 
 
 クロノは老紳士の笑顔に圧倒され、それ以上何も言えそうな気がしなかった。彼は老紳士の申し出に乗り、部屋の案内の説明を受けて鍵を貰った。
 二人は老紳士に深々と礼をすると、老紳士は笑顔で二人に言った。
 
 
「まぁ、お腹も空いているでしょう?どうです、私達とご一緒に食事でも?」
「食事まで!?そんな、見ず知らずの方にそのようなことまで…」
「いや、夫婦二人だけの食事より、お若いお二人を入れた食事の方が楽しい。何より、食事は沢山の人と囲んだ方が楽しいと、…そうは思いませんか?」
「…確かに。わかりました。では、お言葉に甘えて。」
 
 
 二人は彼の食事の誘いも受け入れる事にした。
 そうと決まると、老紳士は二人をロビーのソファに座る、一人の年配の女性のもとへと案内した。
 
 
「私の妻です。」
「どうも。初めまして。お若い方とお食事できるなんて、今日はいい日ですわ。」
 
 
 彼が紹介した婦人はとても若々しく品の良い笑顔で会釈をすると、静かに挨拶をした。
 クロノは彼女のもとに膝をついて座ると、手を差し出し握手を求めた。それに対し彼女は静かに応じ、彼に両の手で握手を交わした。それが終ると、老紳士夫妻の厚意にクロノは再び礼を伝えた。
 

「御配慮、有り難うございます。」
「フフフ、いいえ。礼には及びませんわ。ね?」
「ハハハ、まぁ、どうぞ我々の部屋へご案内しよう。」
 
 
 老紳士がそう言うと、どっからともなくそそくさとホテルのボーイ達が現れ、夫妻と二人の荷物持ち、彼らの上司が鍵を持ち先頭に立って老紳士夫妻とクロノ達を夫妻の部屋へ案内してくれた。
 その様子は半ば大名行列の様で、夫妻と二人の後を数人のボーイが綺麗に2列に並び進む異様な光景が展開されていた。
 部屋は最上階の西向きのスイートで、外側の壁は窓になっていて、ボッシュの街の夜のパノラマがネオンの光りを放って輝き、それはまるで宝石のように煌めいていた。
 ボーイ達の上司が老紳士に伝える。
 
 
「こちらがアンダーソン様の今宵のお部屋にございます。」
「うむ。支配人ありがとう。では、早速だが食事の用意を頼みたい。」
「はい、畏まりました。早速ご用意致します。」
 
 
 二人は老紳士の言葉に驚いた。
 まさかあの中年の従業員が支配人だったとは…。確かにボーイよりは上司だろうことは想像ができたが、支配人だとは思いもしなかった。
 二人はこの老紳士がどのような人物なのか、少々不安を感じ始めていた。
 
 食事の用意は驚く程早くに整った。
 ものの五分もしない内に、入口から次々と料理が運ばれて来て食卓に並んだ。
 料理長らしき魔族の男性がメニューについて説明すると、老紳士はチップを渡して人払いをした。
 部屋にはクロノ達と夫妻だけになった。
 それを確認すると、老紳士が笑顔で言った。
 
 
「さぁ、頂きましょう。」
「では、お言葉に甘えて頂きます。」
「有り難うございます。頂きます。」
 

 二人はとにかく空腹だったので食べに食べた。
 もはやここまできてしまったら、どれだけ食べようが多かれ少なかれ結果は同じ。ならばとばかりに二人の頭で弾き出された結論は、至極明快であった。
 老夫婦はその様子をワインを飲み、ゆっくりと料理を口に入れつつ見ていた。
 クロノはある程度腹が満たされた段階で、コップの水で喉を潤すと老紳士に話し掛ける。
 
 
「なぜ、俺達の食事や宿の面倒を見てくれたのですか?俺はあなたを知らない。初対面だと思うのですが?」
 
 
 老紳士は、クロノの質問にワインを一口飲んでから答えた。
 
 
「…いやぁ、似ているんですよ。」
「似ている?」
「そうです。私の古き記憶にある人物にあなたがよく似ておられたからですよ。あなたの顔を一目見た時から、そうしたいと思いました。」
 
 
 クロノは老人の言葉が掴めなかった。
 たぶん、自分に会ったことがある人間なのかもしれない。しかし、自分の記憶を辿ってもそれらしい顔は思い出せない。特に、こんなに立派な身なりの人間と親しい付き合いをした覚えは無かった。
 もしかしたら、自分とよく似た人がいるのかもしれない。もう少し先を聞いてみることにした。
 
 
「その方はどんな方なんですか?」
「私の命の恩人ですよ。その人がいなければ…今の私はいなかったと言っても過言じゃない。だが、その方は遠い昔に不運な運命を辿ってしまった。もう…二度とは会えない。その当時の私には今程の力は無かったので、結局恩返しはできずに終わってしまった。」
「それで、俺を通してその人に恩返しする気分になろうと?」
「はっはっはっ、まぁ、そんな所ですよ。若い時は全力で力を得ようとしましたが…今になってみれば、その力をもってすら、過去を埋めることはできないのですよ。哀しい現実です。ははは、なんかしんみりしちゃいますな。」
 
 
 老紳士はそう言い微笑むと、ワインを一口飲んだ。
 そんな彼に婦人が微笑んで話しかける。
 
 
「いやねぇ。あなたったら。でも、皆さんはラッキーね。この人はいつもこんなにしゃべる人じゃないのよ。ね?」
「おいおい、私をさも暗そうに言わんでおくれよ。」
「あら、そぉ?」
「ははは、お前にはかなわんな。確かに何年ぶりだろう?こんな楽しい夕食は。あの子が生きていれば、お嬢さんくらいの歳になるのかねぇ。」
「…あなた、その話はよして。お客様の前で失礼よ。」
「あぁ、すまん。」
 
 
 婦人は老紳士の話しをとても不機嫌な表情で止めた。老紳士は彼女に詫びると、静かにワインをまた一口飲んで視線を窓の外に映した。
 窓からはメディーナ国立研究院の森が見える。
 
 
「…あの、聞いて良いですか?」
「何かな?お嬢さん。」
「まだ、私達自己紹介をしていません。私はシズクです。そして彼はクロノです。」
「…クロノ!?
 
 
 老紳士の驚きの反応に二人は身構える。
 今まで和やかだった会食の雰囲気は凍りついた。

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