クロノプロジェクト正式連載版シーズン2
第84話「思惑/誘拐」(第4回シーズン2先行公開版12月号)
ある都市の中心街にそびえ立つ尖塔の最上階では、一人の男が窓から外を覗いていた。
その昔、この街は漁業と海運で成り立ったが、今では数多くの商社が集い、世界中の金融取引や貿易が行われる巨大都市に変貌した。人口は500万人が居住し、北はトルースからの鉄道交通も敷かれる世界都市として知れ渡る。
窓を見つめる彼は、疲労を感じさせる表情を見せていた。年の頃はもう60に差し掛かろうかという頃合いだろうか。黒に銀糸の刺繍が施された見事なローブを纏う男は、既に彼を中心に殆どの物事が動く世の中になったというのに、その現状に満足していないようだ。
どんなにきらびやかな宝石を鏤めたところで、欲するものが見ない限りそれは単なる石ころに過ぎない。まして、そんなものを大層に集めた所で、興奮は次第に興ざめに変わっていくだろう。大抵の権力者は強欲を極めた後、その欲に興味を失い新たな興奮を求めようとする。彼もそういうクチだろうか?…しかし、彼にとってはそんな事はどうでも良い事だった。大抵の物事は叶える事が出来るとさえ思っている彼にとっては、その例外が気に入らないのかもしれない。
男は不意に背後に気配を感じた。
彼はその齢とは似つかわしくない若々しい声で呟いた。いや、彼の実際の年齢は分からない。本人がそう話したとしても、それが真実だとは限らないだろう。
「…お前か。」
彼にお前と呼ばれた存在は、丁度彼の背後に影のようにすうっと透き通るような朧げな気配を漂わせ現れ、それは次第に実体化した。
「…つれないね。お姫さまをお連れしたと言うのに。」
彼の腕には美しい長い金髪を束ねた女性が抱かれていた。意識を失っているようで、彼女はぴくりとも動かない。だが、眠っていてもその美貌は誰もが納得する輝きを放っているだろう。
ローブの男は振り向くでも無く、ただ静かに窓の外を眺めていた。
片手に持つワイングラスを口元に運び、ゆっくりと中で踊る年代物の赤ワインを注ぎ込む。口の中に広がる独特の渋味と、咽を熱くするアルコールが、彼の思考を遠く見つめる視線の彼方へ飛ばすはずだった。しかし、彼を酔わせるにはほど遠い様で、相変わらず表情は優れない。
「予定通りご苦労…と言えば良いのか。」
「おや、随分ご機嫌斜めじゃないか。君が言い出した事じゃなかったかい。」
「ふん。別に気分など害していない。強いて上げれば、随分予定通りじゃないか。」
彼は不機嫌だった。
全てが彼の計算通り、自らの立案した全ての計画が掌で動くかのごとく進んでいる。それはまるで運命であると言わんばかりに。だが一方で、彼の納得がいかないこともあるらしい。
「その娘のことは、よくやった。私が引き受けよう。だが、お前のしている事の全てを許すとは言わぬぞ。」
男は振り向きこそしなかったが、その声から溢れ出す迫力は、並の者ならば一瞬で心臓を鷲掴みにえぐり出される程の恐怖を感じるだろう。実際、その言葉を投げ掛けられた相手も相当のプレッシャーを感じていた。通常ならば彼が逆の立場で、部下達をその威圧で御している程の男が、今は目前の相手にプレッシャーを掛けられている。だが、彼はその状況を楽しんでいた。それどころか、嬉しくさえ感じていた。
「そっ。で、ぼくは次に何をすればいいのかい。」
悪びれず彼はそういうと、ローブの男の背後を離れ、部屋の中央にある応接椅子の長椅子に抱いていた女性を静かに寝かせた。
ローブの男は相変わらず外を眺めながらワインを口に含んでいる。彼の視線の先には、既に映っている物とは全く違うものが映し出されていた。それはまるで世界が巻き戻るかの如く変化し、急速に退行していくかのように。彼はしばらくその視線の先の違う世界を眺めると、静かに目を閉じ口を開いた。
「…お前達の目的は理解している。だが、協力するには、足下がぐらついているようだが?」
ローブの男の言葉は核心を突いていた。
彼はこれだからやめられないのだと感じた。このローブの男は自分を刺し貫くだけではなく、その足下の全てをすら破壊していくに違いない。それでいて平然と自分の苦労して築き上げた全てを作り出してしまうのだろう。しかし、だからと男の思い通りにする気なんてさらさら彼には無かった。むしろ、その挑戦に受けて立つ気満々といった調子である。彼もまた、この男と同じだけ野心的で貪欲で、そして冷徹で冷酷な男なのだった。
「フ、君には敵わないね。でも、何事にも機会があるといったのは、君じゃなかったかい?」
彼の言葉は男を動じさせるには至らなかった。しかし、同意は得られた。
「良いだろう。お前達のことはお前達の領分でやるがいい。私は口を出さん。好きにすればいい。」
「そうかい。素直に感謝しとくよ。」
彼はそう言うと、再び影となり消えてしまった。
男はそれを悟ると、静かに部屋の中央に視線を移した。
そこには、月明かりに照らされて仄かに白く輝く、美しい姫君の寝顔が見えた。
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様々な機材が立ち並ぶここは、とある国の最も重要な研究施設の最深部。
ここへは沢山の世界中の研究者達が、一人の老賢人を慕ってやってくる。
丸めがねのサングラスに髭がトレードマークの彼は、この国の父と讚えられるほどで、国民の全幅の信頼を得るほどの男だ。そんな彼のもとに招かれざる客が現れた。
「…遂に来たか。」
老賢人は溜め息を吐いて呟く。
本来であれば、彼の居るこの場所には簡単に入ってこれないはずだった。しかし、目前に不法侵入した存在を確認しては、そうも言ってられない。だが、彼とてこの事態を予想していなかったわけではなかった。
「…ルーキスか。それとも、ディノ・ポリスか。それとも両者か。」
老賢人の問い掛けに、目前に現れた一人の存在は、そのぼやけた姿からは想像できないほどクリアな声を奏でた。
「手荒な行為をするために参上したわけではありません。御大のお力を我が種のためにも是非お貸し頂きたく、はるばるお迎えに上がりました。」
その声はとても綺麗な女性の声で、年齢的には20代半ば程の若過ぎもしない艶やかな音色を感じる。
「…そうか。お前達の目的は分かっておる。グランドリオンだな。」
老賢人の言葉に、ぼやけた影は明るく答えた。
「お察しの通りです。我々には時間が無い。もはや目的は世界ではないのです。」
彼は彼女の言葉に耳を疑った。
「そこまで弱っておったとはのぉ。だが、わしにあれと同じものを作れと言われても無理だ。」
彼女は彼の言葉を予想していたようで、冷静に返答を返す。
「ご心配なく。我々も何の準備も無しにあなた様のもとへ参上したわけではありません。我々のテクノロジーも結集すれば、問題は必ずや解決可能です。」
彼にとってこの話しは、とても悩ましかった。
相手はもはや何もせずとも崩壊するだろう勢力であり、そんなものに加担する価値があるとは言えなかった。しかし、もしここで彼らを救わなかったら、それは結果的に大きな何かを失うのではないかという予感もあった。
もしここに、あの少年がいたら、………このような決断をするのだろうか。
老賢人の脳裏に一人の少年の姿が映し出された。
その少年は世界を実際に変えてみせたのだ。しかし、彼はもういない。
運命とはなんと皮肉なものだろう。世界は救われながら彼を大切にしようとはしなかった。その結果生れたこの世界には一体何の意味があるのだろうか。…確かに世界は新しい価値観と自由を獲得した様に見える。だが、それはとても危ういバランスの上に立つ綱渡りの様な状況と言えた。
ここでもし自分が動いた事で、それが大きな分岐となってしまったら………考えたくもない現実といえた。それでも、ここで何もしなかったら、自分はきっと後悔するに違いない。
「お嬢さん、良いだろう。付いていこう。」
「ご英断、感謝します。では、私のもとへ。」
老賢人は促されるまま彼女の元に近づいた。
彼女は彼の腕にそっと触れると、彼の体もぼやけるように透き通り、次第にその場から二人の気配は消えていった。
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