クロノプロジェクト正式連載版

第79話「決戦」
 
 
 
故あなたは戦うの?
 あなたは好きで戦っていないって言ったじゃない!」

 
 
 ナリヤの発言に、ゲルディは再びクロノの方を見て言う。
 
 
「…こいつが来なければ計画通りだったのさ。
 だがなぁ、こいつは何もかも台無しにしちまった。
 …おれは心底こいつが憎いよ。
 
  力もねぇのに出来もしねぇことをしやがって、どうだ?
 …お前達のトルースの仲間の末路も知ってるだろ?
 
 …こいつはとんだ厄病神さ。いや、死神だな。
 …こんなやつが存在しているから、そもそも利用されるのさ。」
 
 
 ゲルディの言葉は不満に満ちていた。
 クロノに対する強い不満。
 彼の言葉は、確かに一理ある。
 しかし、
 
 
「…でも、クロノさん達がいなかったら私達はいなかった。
  失敗は誰にもあることじゃない!
  ゲルディ!あなたに人のことが言えるの!
  あなただって散々多くの人に迷惑を掛けたじゃない!
  それなのに、何で善人振るの!
「煩い!」
 
 
 ゲルディはナリヤをも力で壁に打ち付け、体の自由を押さえ込んだ。
 全身が壁にめり込み、激痛が彼女を襲う。
 
 
きゃああああああああああああぁぁぁ!!!」
「母さん!?おい、ゲルディ!やめろーーー!!!」
「煩い!」
 
 
 目前で苦痛に歪む母の姿を認め、トーヤは思わず叫ばずにはいられなかった。
 しかし、そんな彼にもゲルディは容赦なく魔法をかけた。
 強烈な圧力が体を覆う。
 
 
「うぐぁあぁあああああああああ!!!!」
 
 
 トーヤの絶叫が響き渡る。
 そして、数分もせずに気絶した。
 
 
 フォルスは必死で飛び込みたい思いを押さえた。
 そして、今目前で妻と子どもが苦しんでいるというのに、何も出来ないのが悔し
かった。しかし、今動いてしまえば、もはや誰も動ける者はいなくなってしまう。
 それでは何もかも終わりだ。
 
 クロノも少しずつだが動こうとしている。
 まだ全ての希望が無くなったわけではない。
 …ゲルディの気をそらす事が出来れば、勝機が掴めるかもしれない。
 
 
「(何か方法は無いか………ん?気をそらす?)」
 
 
 フォルスはふと思い立った。
 リストガンを見ると、この空間に反応しているようにも見える。
 
 
「(上手くすれば…。)」
 
 
 フォルスは静かにトラップフィールドを発動させた。そして、リストガンをクロノ
とゲルディの間に走る魔力の光に向かって投げ込んだ。
 
 
「!?」
 
 
 突然の出来事に驚くゲルディ。
 閃光が走り、急速にエネルギーがリストガン目掛けて集束してゆく。ゲルディの魔
力の流れはトラップフィールドの方向にそれ始めた。
 咄嗟にゲルディは魔力を止めようとするが、トラップフィールドは継続して出力さ
れていた魔力の流れをつなぎ止めようと、貪欲にその魔力を吸引し出した。
 
 
 クロノが動く。
 全身の圧迫から解放されると即座に抜刀し、ゲルディに切り掛かる。
 
 
 カシン!!!
 
 
 ゲルディは魔力の流れを半属性の魔力を投じる事で止めると、即座に腰に下げた曲
刀でクロノの攻撃を間一髪受け止める。そして、力強く切り返した。
 クロノは魔法を使う隙を与えない様間合いを取らせず、接近して次々に剣を繰り出
す。白銀刀と曲刀が衝突する瞬間、ちりちりと黄金の火花が飛んだ。
 しかしその時、その火花を見てクロノは思わぬ単語を頭に過らせた。
 
 
「魔封剣!?」
 
 
 ゲルディがニヤリと笑みを浮かべた。
 曲刀が黄金に輝く。
 
 黄金の輝きに満たされた曲刀からは、先程の攻撃とは明らかに違う力が加わってい
た。これは間違いなく魔封剣。彼もその使い手であるに違いなかった。
 クロノも負けじと魔力を込める。
 しかし、ふとソイソーの言葉が過った。
 
 
 
『貴様程の力を持つ男がこの様な木刀に力を注げばこうなる!
 覚えておけ。』

 
 
 
 クロノが躊躇った瞬間を、ゲルディは決して見逃さなかった。
  
 
「うっ!!!」
 
 
 鮮血が滴り落ちる。
 曲刀は寸での所でクロノの右手に握り掴まれた。そして、その刃に自分の魔力を投
じて力を相殺する。しかし、ゲルディはその隙を突いて、再びクロノの全身に圧力の
魔法を当てた。
 
 
「ぐぁ!!!」
 
 
 しかし、そこにフォルスが猛烈な勢いで飛び入った。
 
 
「うぉぉぉおおおおおお!!!」
 
 
 彼はゲルディの魔力の圧力を自らの体で全て受け止めると、クロノの代わりに壁に
したたかに打ち付けられた。その体は壁にめり込み、強力な圧力で肌が所々変色する。
 ゲルディは舌打ちすると、外した魔力を即座にクロノに向けて放出する。
 
 
「ぐぅう!!!」
 
 
 力を振り絞り、踏みとどまるクロノ。
 白銀刀に魔力を込めて前に突き出す。
 刀は白い輝きを帯びて、ゲルディの魔法の圧力を切り裂いた。
 
 
「(耐えてくれ!!!)」
 
 
 クロノは賭けた。
 白銀刀が自分の魔力に耐えられる確信は無かったが、今はこれに賭けるしかなかっ
た。相手の力が今は魔力も武力も上。そんな自分に残された唯一の道は剣しかない。
 ボッシュが託したという白銀刀は、一層白く輝きを満たして硬度を増す。しかし、
ゲルディも手を緩める事なく、一際強力な魔力を投じて歩みを阻む。
 
 
「くそぉおおお!!!」
 
 
 クロノの左足が一歩前へ出る。
 ゲルディはクロノの目を見て言った。
 
 
「…ふ、お前は何の為に戦っている。」 
 
 
 ゲルディの問い掛けはあまりにも不意の内容だった。
 クロノは答えず、黙して歩み進む力を緩めなかった。
 
 
「平和なんてのはなぁ、1人の犠牲も無しには無理なんだ。
 必ず誰かが犠牲になる。そして、その犠牲にも家族があって悲劇があるのさ。
 それは何処にでもあることだ。」
 
 
 ゲルディはそう言うと、より魔力を上昇させた。
 急激に圧力が増し、クロノの体は思わず背後に反り返りそうになった。しかし、
歯を食いしばり、体制を立て直して前へ進む。
 ゲルディがそれを見て更に魔力を投じると、話の続きを言った。
 
 
「お前等はそれを認められねェから戦ってるんだろ?…ちっぽけだなぁ。
 必要なのは大局観さ。…時には犠牲を真正面で受け止めるなぁ。」
「くぅぅぅぅ!!!!」
 
 
 クロノの体の至る所で、圧力に耐えられず皮膚が変色を始めた。
 既に並の人間の限界を越えており、他の人間ならば押しつぶされて亡くなっていて
も不思議ではないだろう。クロノの強靱な肉体でもそれは耐えられず、遂に毛細管が
破裂し内出血しだしたのだった。
 ゲルディはそれを見て、畳みかけるようにより一層の圧力を加えるが、クロノは白
銀刀に魔力を集中しその力に抵抗した。
 
 
「…オレは、…そんなの…認めねぇ。」
 
 
 クロノが巨大な圧力の下、その力に反発して姿勢を正した。その目は強い意志の輝
きを満たしており、決して諦めない強い決意が見てとれた。
 それに対してゲルディは一瞬目を大きく開いたかと思うと、即座にしかめ面に変わ
り、更に強く力を込める。
 だが、先程まで壁にぴたりとへばりついていたのが嘘のように、クロノはそれにも
耐えて果敢に前進しようとする。
 
 
 何処にそれほどの底力があるというのだろうか?
 
 
 ゲルディは不可解さを感じるが、だからと気を緩める事もなかった。
 そして、何より気に入らなかった。
 
 この男は遠い昔に王国の王太子ともなり、自分の人生を未だ失敗した事を深く刻み
込む事も無く若さを保っている。…年齢は自分とそう変わらないというのに。
 そして、幻想とも言えるパレポリへの対抗意識すら持っているのだ。…この自分に
すら勝てないというのに。
 頭がいかれているとしか言い様が無かった。
 
 
 
「お前はまた、
 無責任に自分の存在をわきまえず動くというのか?」

 
 
 
 クロノは無言でまた一歩進む。
 クロノの体からは白い輝きが沸き出し、微弱に覆い始めた。
 
 
 
「…俺に、……力が無いのは、
 …………わかった。」

「ほう。」
ぐぅぅ…、…だが、俺……は…くっ!!
 
 
 
 クロノが一歩一歩前へと進む。
 それを見て更に魔力を上げるゲルディ。
 だが、一時は後退するクロノもまたすぐに歩み始める。その歩みは一進一退を繰り
返すも、着実にゲルディに近付いていた。
 
 ゲルディは既に最大出力で魔力を注いでいた。
 しかし、とうとうクロノは目前までやってきた。彼は必死で押さえ込むのに全力を
注ぐ。魔力を出力する腕が抵抗する力に震える。
 
 
 
「ぐぅ、…俺が…、たった……1人も…守れねぇ…なんて、
 ………認め………ねぇ!!!!!
 
 
 
 クロノは語尾を気合いを入れる様に叫ぶと、ゲルディに向かって最大限の魔力を込
めて切り掛かった。
 ゲルディが即座に曲刀で受け止める。
 
 
 
 パン!!!!
 
 
 
 衝突の瞬間、二人の剣が蒸発する。
 二人の魔力に耐えかねた剣は、剣が交わった瞬間を切っ掛けに蒸発してしまった。
 クロノはそれに怯まず、全力で左の拳に全てを込めた。
 
 
「ぐぅ!!」
 
 
 ゲルディは咄嗟の事に防御もできず、ストレートに頬を殴られ、激しく壁に打ち付
けられた。そしてその瞬間、全員にかけられていた魔法も解ける。
 呪縛の中にいた三人は、ぐったりとその場に倒れ込んだ。
 …どうやら既に気絶していた様だ。
 
 ゲルディが静かに頬に触れ、立ち上がった。
 
 
「…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、…どうだ?」
「………ナイスな、一発だ。」
「俺は…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、
 ………
認めねぇ!
「…あぁ。」

 
 
 急に視界が白濁する。
 だが、その白濁はとても心地よく、何かを考える暇も無くクロノから全ての判断力
を奪い去った。
 
 ゲルディの姿がぼやけて見える。そして、何かが手を差し伸べた様な気がした。
 …だが、それは定かじゃなかった。
 
 今はそんなことより、一つの事しか考えられなかった。
 
 
 
「(………マール。)」
 
 
 
 意識の向こうは、
 …ただ漠然とした白い世界だけが広がっていた。

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