クロノプロジェクト正式連載版
第66話「監獄島」
「監獄島?」
クロノの問いに、ナリヤはゆっくりと話し始めた。
「パレポリ領になってからと言うもの、
ガルディアの治安は悪化するばかりでした。」
彼女の話の続きは、どれも驚愕せずにはいられない内容だった。
占領後、パレポリの占領に反対する旧王国の貴族達が各地で反乱を起こし、全土
で紛争が起こった。最初はガルディア王国大臣フォレスト・グリーンの名のもとに
各地の諸侯が集結し激しく戦闘をした。パレポリの教科書では「フォレストの乱」
として知られるこの戦いでは、皮肉にも多くの国王派貴族と親パレポリ派との同士
討ちという様相を呈し、凄惨を極めた。
科学が発達したパレポリ製の兵器を持つ親パレポリ派に対し、大臣派の武装は旧
式の銃火器という粗末な装備で、戦力差は火を見るよりも明らかだった。
大臣派もその戦力差は認めざるを得ず、最初こそ大きな戦いとなったが、一方的
攻撃の前に退却を余儀なくされ、次第にギリラ闘争という方向に進んでいった。
市街地に潜み戦った大臣派の掃討に手を焼いた親パレポリ派は、無差別攻撃を実
施し多くの民衆を巻き込み死傷者を出した。
沢山の民衆が巻き添えを逃れようとガルディアを離れ、中立的立場を取っていた
隣国メディーナへと逃れて行く中、親パレポリ派の攻撃を憎み、劣勢を極めていた
大臣派に味方する者たちが現れる。その人々の中にはガルディアトップクラスの知
識人や技術者も協力を申し出ており、次第に大臣派の武装は強化されだした。
この動きに手を焼いたパレポリ共和国政府は、ガルディア共和国の建国と連邦参
加を宣言。ガルディア共和国はパレポリ連邦共和国の構成国として組み込まれる。
政治的体制が整うと、連邦政府は親パレポリ派の部隊を警察組織として構成させ、
次々と反連邦工作活動容疑で大臣派に協力する者たちを検挙し始めた。
検挙された者は知識人等、関係の有る無しに関わらず将来的に「反旗を翻すか
もしれない可能性」という推定有罪で検挙し、この今では監獄島と呼ばれる大地に
運ばれていった。
だが、人々は諦めなかった。
運び込まれた人々は幾度となく協力して島を出ようと試みた。連邦政府も体面上
は大っぴらな行動は起こせず、警察力を総動員して封じ込め続けた。しかし、島に
閉じこめられた知識人達は知恵を使い、徐々に状況を打開する術を見つけ始めた。
反乱に手を妬いた連邦政府は一つの策を実行する。
その策は、この島に多くの本国の凶悪犯を送り込むというものだった。凶悪犯達
には「多くの犯罪者を葬ったものに無罪放免」というとんでもない褒美を約束する。
それにより凶悪犯達はまるでハンティングをするかのごとく、島に集まる無実の罪
の人々との戦闘を仕掛け出した。
この策により政治犯として囚われた人々は囚人との戦闘に集中せざるを得ず、島
を脱出することも出来ずに今に至るという。
クロノはただただ驚くばかりだった。
確かにここに至るまでに様々なことはあったのだろうと想像はついたが、まさか
これほどのことが自分達のいない間に起こっているとは夢にも思わなかった。
「…、その、君達も政治犯で囚われたということなのか?」
「いえ、私達はルッカ姉さんに育てられた孤児が集まってできた組織です。」
「孤児?…そういえば開くと…。ルッカは何故死んだんだ?」
彼女の表情が一段と曇る。
「あれは…王国歴で1015年のこと。当時の家は連邦の放った亜人、ヤマネコに
よって焼き討ちに合いました。その時に姉さんは…。」
「…そうか。しかし、何故狙われたんだ?」
クロノの疑問は当然だった。そして、その質問が来る事を彼女も分かっていたの
だろう。
彼女は落ち着いて話を続ける。
「…焼き討ちに合った当時に全ての記録は消失してしまいましたが、姉さんは当時、
パレポリの兵器開発に関わっていたらしいです。」
「兵器開発…、どんな?」
「詳しくはわかりません。ただ、その一月前に大きな実験に失敗したと落胆して、
パレポリから帰って来たのを覚えています。姉さんらしくなく落ち込んでいたか
らよく覚えています。」
「………ルッカが。」
彼女の話は本当に驚きの連続だった。
クロノの驚きように、彼女は言った。
「誤解しないで下さい。ルッカ姉さんとしては仕方がなかったんです。
当時のガルディアは既に植民地。そんな時代で孤児院を維持する事は大変でした。
でも、姉さんは兵器を開発する事で得たお金を元に、孤児院を運営していったん
です。勿論、あなたが驚いた様に街の人も姉さんを良く思わない人はいたわ。で
も私達は姉さんがいなければ生きられなかった。」
クロノは何も言えなかった。
確かに理想と現実が存在し、ルッカは厳しい現実の中で最善を尽くしたのかもし
れない。ナリヤの存在は、そんな彼女の辛い選択が間違いではなかったことの証な
のだろう。
「ルッカ姉さん…いつもは決して哀しい顔なんて見せないけど、たまに1人で部屋
で静かに泣いていることがあったんです。小さい頃の私には何故泣いているのか
わからなかったけど、姉さんも辛かったんだと思います。」
「…そうか。…少し考えさせてくれ。」
そう言うと、クロノはしばし目を瞑り考えた。
時が流れ過ぎて、どうやら自分のいるこの世界は、とても自分の知る世界とかけ
離れてしまったようだ。だが、それも自分の生きていた延長線上に現れたもので、
これも受け入れるべき現実であるらしい。
出来る事なら何も無かった事にしたい。結果的にそれで彼女の痛みもルッカの死
もなくせるのかもしれない。だが、彼女は、マールを助け出すまではそうもいかな
い。
自分の中で今までの話を整理してから、ナリヤに問いかけた。
「…まず整理したい。ここはルッカのいた島には間違いないんだよな?」
「えぇ。」
「監獄島ということは、ここから出られないんだな?」
「そうです。ただ、私達はまだ屈服はしていない。」
「それはわかるが、どうやって戦っているんだ?いや、それより、敵は一体どんな
奴等だ?それが知りたい。」
「わかりました。順を追って説明します。まずは敵ですが、敵は主にパレポリ本国
で重犯罪を犯した死刑囚を含む極刑に処される予定の犯罪者です。」
彼女の説明では先ほどの話でも出た通り、彼等は本国での刑の執行を免除する代
わりに、ここでナリヤ達への攻撃を仕掛けることが義務付けられているらしい。
彼等も勿論ここから出られないが、パレポリ政府から武器が貸与され、それらの
武器で武装して襲ってくるという。
「具体的にはどういう状況なんだ?」
「…それは私めがお話しましょう。」
突然皆の後方から声がする。
その場の全員がその声の主を振り返り見た。
そこには一人の白髪の腰が曲がり杖を突いた老人が立っていた。
ナリヤが心配し立ち上がる。
「ピエール!?大丈夫なの?」
「いや、何、心配は要らない。大丈夫だ。」
ピエールと呼ばれた人物は、彼女に座るよう促すとクロノの方を向き、恭しく言
った。
「殿下、覚えていますか?…裁判の時のことを。」
「!?え、もしかして、弁護士の?」
クロノは目を大きく開いて驚いた。
老人は微笑んで言った。
「そうです。マールディア妃殿下の御用命により、あなたの弁護を承りましたピエ
ールにございます。」
クロノは立ち上がり近寄り彼の手を握り言った。
「おぉ、老けたなぁ!」
「ははは、この歳です。お久しゅうございます。」
「あぁ、こうして会えるなんて嬉しいぜ!」
クロノはピエールを包容した。
クロノが離れると、ピエールは満面の笑みを浮かべてクロノの行為に感謝のお辞
儀をし、目を閉じて感じ入るように言った。
「殿下とこうして握手を交わせられる日が来るとは、…生きていて良かった。」
「おっと、よしてくれよ。それに俺を殿下なんて呼ばなくたって良い。俺の方こそ
ピエールには礼を言いたい。本当によく弁護してくれた。有難う。」
「いや、私は職を全うすること以外はどうしようもなかった。裁判で勝っても結局
は私にはヤクラの陰謀を阻止することはできなかった。私の方こそあなたには謝
りたい。申し訳ない。」
「おいおい、謝るのは無しだぜ。ところで話の続きだが?」
「ははは、そうですな。…さて、敵の情報をお伝えする前に、老人の苦言を聴いて
くださらんか?」
「苦言?」
ピエールの目は先ほどまでの優しげな表情と変わって、とても真剣なものに変わ
った。その目は先程の少年とは違うが、通じるものを感じる。
思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
「…あなたはそれらの情報を聴いてどうされるおつもりですか?
もしや、1人で戦うとでも仰るのでしょうか?
…だとすれば、あまりに無謀すぎる。」
刺し射ぬくような視線。
法定で長年敏腕弁護士として活躍した往年の姿がそこにある。
「…無謀かどうかはやってみなきゃわからないさ。」
「いえ、既にあなたの行動結果は出ています。」
「え?」
「あなた方はガルディア城に潜入して来た様ですが、どんな目的かわかりませぬが、
失敗されたようですな?」
「…あぁ。」
「その結果は誰が責任を負ったと思われますか?」
「…責任?」
クロノは彼の次の言葉を予感した。
いや、あえて見ていなかっただけなのかもしれない。
「…あなた方の失敗によって、トルースの旧市街の人々は懲罰労働を課せられてい
るそうです。勝算も無く動き失敗をすれば、どんなことが起こるかご想像できた
はずです。」
「…そうだな。」
「ならば何故、また同じことを?それより我々と共に一緒にここで戦うお気持ちに
はなれませぬか?」
「…そうか。だが、俺は止まれといわれても行くさ。
だってそうだろ?」
「?」
「自分の大切な人1人守れないで、
…愛してる…なんて言えないよ。」
ピエールはクロノの言葉に目が点になった。
その後ため息を吐いて…
「ふぅ、何を言っても無駄の様ですな。お話しましょう。」
「…すまない。」
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