クロノプロジェクト正式連載版

第59話「潜入!ガルディア城2」
 
 
 びクロノを先頭に階段を進む3人。最上段の天井には取っ手がついていた。
クロノがとりあえず天井に耳を当てて外の様子を聞く。しかし、何も音はしていない。
 彼は静かに少しだけ天井を押し上げた。そして外の様子を伺った。外は真っ暗で何も
見えない。ランプの光を外に向けると前方に鍋らしき物が見えた。
 
 
「厨房か?」
「う〜ん、たぶん、そうかも。」
「誰もいないの?」
「うわ、くさぁ〜い。」
「あ、ホント、何なのよこれ…」
 
 
 部屋から生臭い肉と野菜の腐った様な腐臭が吹きつけてくる。思わず嘔吐しそうな程
その匂いは堪え難いものだ。鼻呼吸を止めて口呼吸にするといっても、その悪臭を吸い
込んでいると思うと3人の気分はとても良いものではなかった。
 クロノは耳を澄まして辺りを窺った。どうやら本当に誰もいないようで、外に出ても
大丈夫に思えた。
 
 
「…いないみたいだな。出るぞ。」
 
 
 クロノがまず外へ出た。再度誰もいないことを確認すると合図を出し、その後をマー
ルとシズクが出て来た。
 
 クロノが辺りをランプの光で照らす。そこに映ったものはとても清潔とはほど遠い厨
房の姿で、後片づけを一応されているとはいえ、調理しかけかよくわからない謎の物体
が独特の紫の血液ともしれない液体を垂らして、金属のざるの中に入れてあった。
 それ以外にも謎の食材が干物の用に天井から吊るされており、その何とも言えないミ
イラ感が再度3人の気分を害していく。
 
 
「汚いわねェ。これが厨房?」
「う〜ん、口で息しても生臭さが臭う〜。」
「…そういえば、バーのマスターが王宮のシェフの手でとか言っていたっけな。ってこ
 とは、ここは今は違う人間が使ってるんだろう。」
 
 
 3人は慎重に1階へ上がる。1階の正面玄関付近に衛兵が立っていた。衛兵の人数は
二人で、どちらも30代後半くらいだろうか。退屈そうな顔をしている。
 3人は注意して他に衛兵がいないか観察したが、どうもあの二人だけの様だ。
 シズクが用心する様に言った。
 
 
「二人よ。でも、こっちからは見えない広間側の階段にいたら厄介ね。なんとか確認で
 きないかしら…」
「なーに、任せとけよ。」
 
 
 彼はニッと笑みを浮かべてそう言うと、素早く通路へ走って行った。
 
 
 
 
 
 衛兵達は立ちながら話していた。彼らはパレポリ本国から派遣されてきた兵で、本国
には妻子もある。家庭のためには働かなくてはならないが、給料の良さで志願した軍も
こんな辺境の古城で警備の仕事をすることになったのは少々不本意らしい。
 だが、今はそんなことより頭の中は空腹でいっぱいだった。
 
 
「…腹へったなぁ。」
「…あぁ、だけどここの飯は食う気にもなれねぇよ。」
「ハハ、言えてる。…あんなもん食う奴の気が知れねぇ。」
 
 
 二人は想像した。
 あのおぞましい料理が並ぶ食事の時間のことを考えると、むしろ空腹でも非番になる
まで食べない方がマシだった。しかし、彼らの上司であるガルディア支部長が会席して
いる時はそうもいかず、あの料理の食感は思い出すだけで胸悪くなる。
 世にも奇妙な色彩の料理の数々、部屋に運ばれてきただけで臭う独特の不快な悪臭、
口に入れた時に広がる最悪な食感。味が良いならまだしも、味も最悪ときていては一体
何のために存在する料理なのだろう?…せめて食の楽しみは保証して欲しいものだと思
う彼らだが、それをさも美味そうに頬張り、お代わりまで要求し平らげる支部長の味覚
は、とても彼らの感覚を超越した色々な意味で凄い男だった。


「しかし、ついてないよな。俺達よぉ。こんな辺境のガルディアの古城で、ただでさえ
 薄気味悪いときていて…飯も不味い。」
「…おまけに司令官はあいつだしよ。黒き風に入れたら格好良いのになぁ。」
 
 
 二人の司令官とは先ほども出てきたガルディア支部長である。
 支部長は地方統治官としての要職であり、しかもガルディア支部長は彼らの呼び方で
言う「北ゼナン大陸」全域を統べる重職。この任に就いているということだけを見れば
彼がかなりのやり手である事は間違いないが、彼らパレポリ兵の間ではとても評判は良
くない様だ。
 一方の彼らが憧れる「黒き風」とは本国の海軍の特務戦闘部隊で、海軍提督であるタ
ータ8世の指揮下にあるエリート部隊。その力はいずれの戦闘技術でもトップの人材が
集まった究極の軍団といえる。
 彼らのような一般兵から見れば雲の上の様な存在だが、その雲の上に登ることを夢見
て軍に志願するものもいるほど。ただ、これだけおおっぴらに存在が伝わっていながら、
その部隊の構成員についての情報は殆どない。そのミステリアスな面がより彼らに興味
を持たせるツボを刺激しているようだ。
 二人はしばし夢に思いをはせていたが、一人が現実に立ち返り相方に危険な発言を控
えるように言った。
 
 
「おいおい、誰かに聞かれたらまずいぜ?」
 
 
 さすがにこんなことを言っていたなどと支部長に知れたら、とんでもない目にあうの
は想像に難くない。だが相方はそうは思っていないようだ。
 
 
「はぁ、誰が聞いてるってんだ?」
 
 
 兵士は相方の忠告に溜め息を吐きながら言った。この場には自分達しかいない。しか
もここを通る者と言ったら、…いつも決まったあの5人しかいない。
 だが、そこに思わぬ方向から声がした。
 
 
「俺が聞いてるぜ?」
「!?!」

 
 
 突如上方から二人の目前に降り立つ者がいた。それは赤く逆立てた髪の若い男。その
男はニヤリと笑みを浮かべると、素早く一人の腹に拳の一撃を入れた。そして、もう一
人の衛兵の腹にも蹴りを入れた。
 蹴りを入れられた方は失神したが、拳を受けた方はまだ意識があった。だが、苦しそ
うに腹を抱えいる。衛兵は必死に意識を集中し言った。
 
 
「ぐぅ、…どっから入ってきた。」
「お宅の行きたがってた厨房からだぜ!」
「な!?」

 
 
 若い男は笑みを消して表情をクールダウンさせると、彼に再度腹への一撃を加えた。
もう一撃をくらい、さすがにその衛兵もノックダウンだった。
 
 クロノは警戒して辺りを見回し耳を澄ませたが、心配された増援は来そうになく静か
なものだった。少々拍子抜けしつつ二人を手招きする。二人はクロノの手招きを見て小
走りにやってきた。
 
 
「…手早いわねぇ。先を急ぎましょう。」
「次は広間だぜ?二人とも心の準備は良いか?」
 
 
 クロノの言葉に、マールは大きく頷いて言った。
 
 
「オッケー!」
 
 
 その満面の笑顔の返事に、クロノは思わず赤面し苦笑しつつ言った。
 
 
「…ピクニックじゃ無いんだぞ。」
 
 
 彼女は照れて頭を掻きつつ、ドアの前に立った。
 クロノは二人に最後の確認を取ると、一気にドアを開けて構えた。しかし、広間は暗
く静まっており、誰もいなかった。
 シズクがあまりにも人気が無いのを怪しむ。確かにこれだけの城のこれだけの部屋に
誰も衛兵一人いないというのはおかしい。3人は警戒して広間を歩いたが、どんなに感
覚を研ぎ澄ますように辺りを警戒しようと、人の気配どころか、この城の生活感すらま
るで感じられないほどに気配というものが無かった。
 
 
「おかしいわ。なんでこんなに誰もいないの?」
「…あぁ、だが、もう引けないぜ?衛兵を倒した事は事実だしな。」
「…そうね。」
 
 
 マールがふとつぶやいた。
 
 
「どこにボスがいるのかしら?」
 
 
 マールの言葉にクロノは腕を組み前方を見つめて言った。それは確信に満ちた表情だ
った。
 
 
「ボスと言う地位の奴が、この城で暮らしたい場所は決まってるじゃないか?」
「え?………もしかして、父上の部屋?」
「あぁ。」
 
 
 マールはなるほどと納得した。確かに最高権力者にしか入る許可の降りない部屋とい
えばそこしかない。自分も大きくなってからようやく入る許可が下りた場所であり、い
くら姫であろうと、相応の礼節無くして入れないのだ。
 
  
「場所は?」
「西の塔の最上階よ。」
 
 
 マールの答えを聞いて、シズクはぼそりとつぶやくように言った。
 
 
「そこに上れば私達は完全に袋の鼠ってわけね。」
「はは、そうならないことを祈るぜ。」

  
 
 シズクの危惧に彼はそう言うと静かに駆け出した。
 マール達もその後に続いた。

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