クロノプロジェクト正式連載版

第57話「石つぶて」
 
 
 
ら?誰もいない。」
 
 
 
 マールが不思議そうに辺りを見回すが、そこには兵士の姿は無かった。
 
 
「どうやら低レベルで高レベルエレメントを発動させたのね。…でも、逃げるには十
 分。小賢しいわ。」
「あぁ。」
 
 
 シズクがそう言うと、埃を払うように服をパンパン払っていた。
 そこに先程の女の子が走って彼らのもとにやって来た。
 
 
「…ありがとう。」
 
 
 彼女はクロノ達に有難うと言うと、急いで父のもとへ駆け寄って行った。
 彼女の父親はようやくよろよろと起き上がるところだった。
 
 
「おとーちゃん…」
「…大丈夫だ。さぁ、家にいなさい。」
「え?…どうして?」
「…父ちゃんはこれから仕事にいかなくてはならない。」
 
 
 そう言うと父親はふらつきつつも自力で立ち上がり、人々の列に並ぼうと歩き始め
る。
 そんな姿を見て、思わずマールは父親に駆け寄り言った。
 
 
「どうして!?何故パレポリなんかに従うの!?
 あなたの体はとても働ける状態じゃ無いわ!」

「…現実はそう甘く無い。我々に何ができるというんだい?お嬢さん。あんたらは余
 計なことをしたんだよ。」
「え?」
「危ない!」

 
 
 クロノがマールをかばう。
 マールは何がなんだかわからない。
 
 
「痛い!何するの!どうしてこんなことを!」
 
 
 周りを見ると、多くの人々が次々に小石を3人にめがけて投げていた。
 

 
「…あんたらのツケを誰が払うと思ってんだ!」
「!?え?」
「お前らは取り返しのつかないことをしたんだ!
 命が惜しけりゃさっさと逃げるんだなぁ!畜生ぉ!!!」

「痛!やめて!ねぇ、ちょっと、どうして!おかしいよ!ねぇ!」
 
 
 マールの訴える声が虚しく辺りに響き渡る。
 人々は彼女の言葉にはもう反応せず、3人にただ無言で小石を投げつけていた。石
を投げる人々の表情は、単なる憎しみだけではない複雑な表情をしている。
 クロノには、それが3人に投げ込まれる石の大きさに表れている様に思えた。石は
小さいが、そこに込められた思いは重い。何かが…自分の中でひび割れた気がした。
 
 
「…行くぞ。」
「え?」

 
 
 クロノがマールを強引に引っ張って、その場を足早に離れた。
 シズクもその後を追った。
 
 3人は新市街地の路地裏に来ていた。そこは旧市街と違い、とても整然としていて
安全で、誰も何も彼らを構う気すら起こらないだろう。走ってきた3人の心はそれぞ
れに違う思いを描いていた。
 
 
「何であの場を離れたの?
 あれじゃ丸っきり私達が悪者みたいじゃない!」

 
 
 マールがいかにも不満という表情で訴える。
 しかし、そんな彼女に対してクロノはそっと肩に手を置いて、冷静に言った。
 
 
「そうしなければ、彼等と戦う事になったさ。」
「え?どうして!おかしいよ!」
 
 
 マールはクロノの言葉も受け入れ難かった。何よりこんなにひどい状況を見ていて
も、あの場を逃げるしか出来ないクロノを情けなくも感じていた。そして、この妙な
冷静さ…。
 …昔の冒険の時もそうだったが、彼はいつも明るく元気が取り柄の様な感覚なのに、
ふとした時、その心の中が分からなくなる時が有る。でも、そんな時は大抵…。
 
 なかなか納得いかないそうな様子の彼女に、シズクも冷静に言った。
 
 
「…おかしくないわ。彼等はどっち道今の体制が保存されている限り、解放される事
 はないのよ。」
「…でも…」
「ねぇ、マール。…蜂の巣を突いたらどうなるかしら?」
「え?…突然何?…それは…蜂がいっぱい出て来て………え?」
 
 
 突然のシズクの質問に困惑するマール。しかし、彼女の言葉をイメージしてはっと
した。その表情を見て、シズクは穏やかに言った。
 
 
「…そういう事よ。私達はしてはならないことをしたの。」
「でも…でも、そんなの絶対変よ!…そうだ、私達が倒
 してしまえば良いんだよ!ガルディアをパレポリから
 解放しちゃえばみんな解放されるわ!」

「あのねぇ…確かにその通りだけど。」
「私達はラヴォスだってやっつけちゃったのよ!普通の人間なんて
 恐れる事じゃないわ!」

 
 
 マールが鼻息粗く力説する。
 彼女にも本当は内心分かっていた。
 でも、それを認めてしまえば、誰が彼らの自由を認めてあげるのだろう?…こんな
誰も変える事をよしとしない世界で、自分までもがそれをやめてしまったら…きっと
深く後悔するに違いない。
 クロノがそんな彼女の表情を見て言った。
 
 
「…マールの言う通りだな。」
「え!?ちょっと、クロノまで?」

 
 
 先程の冷静な引きの判断をしたクロノが、まさかマールに同意するとは思わずシズ
クは驚いて慌てた。一方のクロノはというと、シズクの慌てようとは対照的にとても
冷静なまま言った。
 
 
「…そうする他に彼等を救う手立ては無いんだろう?シズクは俺達が蜂の巣を突いて
 しまったと言った。ならば、その蜂を駆除する他に迷惑を掛けない方法は無いじゃ
 ないか。それ以外の選択肢に、俺達のできることはあるか?」
「それは、…過去に戻れば…」
 
 
 シズクは小声で言った。
 クロノふと目を瞑り間を置くと、ゆっくり目を開けて言った。
 
 
「…それじゃ、ゲートを探している間にみんないなくなってるさ。」
ね?やるっきゃないわ!シズク!」
 
 
 今度はシズクが納得いかない気持ちでいっぱいだった。
 ただでさえこの時代の人間ではないのに、どうして私がこの時代に関わらなくては
ならないのかという、とても自然な疑問と同時に、とても勝ち目のない無謀な戦いに
わざわざ死にに出向くようなものを、彼らは当然のこととして受け止めている。
 何かズレていると感じつつも、そんな彼らを許せないわけでもない自分がいた。シ
ズクはうなりつつも諦めた。
 
 
「う〜ん、もう、どうしてこうなるのよぉ。んう、…わかったわ。今回だけにして
 よ。でも、パレポリを倒すと言っても、パレポリは海の向こうよ?」
 
 
 シズクの疑問に対し、マールが笑顔で説明する。彼女はかなり生き生きとこの状況
を楽しんでいる様子が窺えた。
 
 
「別にパレポリに行く必要はないわ。政治は地域に根ざしているものよ。地域の政治
 の中枢を叩けば、その地域全域を掌握する事は可能だわ。私達はパレポリを倒す必
 要は無いの。ガルディアさえ解放しちゃえば良いんだから。」
「なるほど。だとすれば、今も中枢はガルディア城ってことになるわね。」
「そうなの?」
「えぇ、今も行政の中枢はあそこにあるそうよ。刑務所や裁判所といった機関をその
 まま活用しているらしいわ。」
 
 
 シズクの話す通り、現在のガルディアはトルース占領下にあるとは言え、政治シス
テムの殆どは旧王朝時代の物を利用している。旧王朝とはいえ、世界の中心でもあっ
た大文明であるガルディアは、その機能の殆どをガルディア城に持つ事から、とても
パレポリ側としても植民地運営をする上で都合が良かったのだ。
 マールが得意げに言った。
 
 
「フフフ、だったら私達だけでも何とかできそうね。忍び込んで城を乗っ取っちゃえ
 ば良いわ!」
「大胆ねぇ。そんなことできるの?」
「まっかせなさぁい!私はこれでもガルディアの姫よ!フフ、王族の秘密通路ならと
 っておきのを知っているわ!」
「秘密通路?そんなの暴かれてないかしら?」
「大丈夫よ!任せて!」
 
 
 マールが胸を張ってぽんと叩いてみせた。
 半ば呆れつつ、シズクもこのノリにとりあえず付きあうしかない事を観念した。
 
 
「よし!決まりだな?」
「…えぇ、不本意ながら。」
「そんな事言うなよ。頼りにしてるぜ?」
「はいはい。」
「じゃ、今夜決行だ!」
 
 
 3人がガルディア城へ潜入する事を決めたその頃。
  
 
 ガルディア大陸西方「マノリア湖畔」
 
 
「ミント坊ちゃん!!トルースより緊急の通達が!」
ちゃんはやめろちゃんは。かしら!
 で、なんだ?またデマじゃないだろうな?やめてくれよ。」
「いえ、それが、なんでも連邦兵のエレメントをまともに受け止めながら、びくとも
 しない男と女二人の3人組が旧市街で現れたそうで。その男の名はクロノと呼ばれ
 ていたと。」
 
 
 暗い洞窟の中だろうか、明かりは一応発電しているらしいがとても薄暗い照明で、
中の様子をぼんやりと映すほどの光量しかない。その仄かな明かりが、長イスに寝そ
べりながら座る一人の金髪の少年を照らしていた。
 ミントと呼ばれた少年は戦闘服のような軽装の装備をまとい、良く締まったしなや
かな筋肉を持った長身の体の持ち主で、少年というには成長しているが大人とも言え
ない幼さを残している。彼のそんなところが、部下の男に坊ちゃんと言わせてしまう
可愛らしさに繋がっているらしい。
 ミントは部下の報告に珍しく興味を持った様で、あごに手を当てて少し考えた様な
表情をすると言った。
 
 
ほー、それは面白い。エレメントを受けられる奴が、俺以外にこのトルースに
 いたとはな。…念のために聴くが、そいつは亜人や魔族か?」
 
 
 若い頭の言葉に、部下である男は真面目な顔で真剣に答えた。
 
 
「人間です。しかも、彼等は名前の発声無しにエレメントを発動させたとの話も。」
「…魔法ということか。だが、人間の姿をした魔族ではないという証拠はないのだろ
 う?」
「えぇ、確証は無いですが、女の1人は水の魔法を、もう一人は天の魔法を使ってい
 たという話です。」
 
 
 ミントは腕を組み考えた。
 部下の話が本当だとすれば、それは彼が探していた念願の存在であるに違いない。
だが、その探していた人間がそんなに簡単に正体を現したことも気にかかる。もう2
0年もの歳月、その姿を見たものは誰もいなかったというのに、今突然に…しかも街
の真ん中で彼らは現れたのだという。本物であれば動かないわけには行かないが、偽
者だった場合は困る。
 
 
「…そうか。で、そいつらはマークしているのか?」
「はい。彼等はガルディア城へ忍び込んで城を乗っ取る気らしいです。」
 
 
 部下の言葉にミントの目が点になった。
 そしてしばしの沈黙が辺りを包む。
 
 
「ハッハッハッハッハッハ、そうか!面白い!
 よし、俺達もいっちょ、そいつらの遊びに付き合って
 やろうじゃないか?」

「と、言いますと?」
「決まってんだろ?城へ行くぜ!」
「はっ!」
 
 
 ミントの目は力強い光をたたえていた。
 部下が忙しく駆けていく。

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