クロノプロジェクト正式連載版

第43話「妻2」
 
 
めんなさい。…私達は確かにレンヌさんの仰る通りですね。」
 
 
 マールはレンヌの言葉に返す言葉も浮かばず謝罪した。しかし、クロノはその言
葉に疑問をもった。
 
 
「…でも、俺達は間違ったことをしたつもりはない。」
「クロノ!」
「マール、だってそうだろ?そうじゃなきゃ多くのガルディアの人達を死に追いや
 ったかも知れない。マールだって…」
「それとこれとは…」
  
 
 クロノの言葉も確かに一理あった。自分達が戦わなければ、きっとより多くの人
が亡くなったかもしれない。マールはどの立場を取ってい良いのか分からなくなっ
ていた。しかし、この場でレンヌに自分達の戦いを正当化するのもどうかと思い悩
む。
 レンヌは2人の姿勢を見て、落ち着いて話し始めた。
 
 
「…いきなりごめんなさい。別にクロノさん達が謝る必要はないわ。じゃないと、
 私は敵と結婚しているみたいじゃない?」
 
 
 レンヌが微笑み言う。
 
 
「それに、私達はクロノさん達に謝って欲しくはないの。むしろクロノさんが言う
 ように自信を持って欲しい。そうじゃないと、死んで行った人達は何の為に戦っ
 ていたのかわからないじゃない。
  …理由のない戦い程無意味なことはないわ。戦う者は明確な理由なしに戦って
 欲しく無いの。」
「…ごめんなさい。私、ただ謝ることしか頭に浮かばなくて…。」
 
 
 レンヌの言葉にマールは顔を伏せて言った。そんな彼女にレンヌは優しく語りか
ける。
 
 
「素直な気持ちは大切だわ。でも、時に考える事も必要になる。私達はそういう時
 間を必要としていました。」
「でも、…私、魔族の人達の立場なんて考えた事もなかった。魔族の人は人殺しみ
 たいにしか考えてなくて…」
「人間からすればそう見えるわね。でも、私達の側からすれば、人間こそが人殺し
 に見えたのよ。だから、お互いに衝突することになったのね。」
「人間が人殺し?」
 
 
 マールは思いもよらない言葉を聞いて目をぱちくりとした。隣にいるクロノは無
言で真面目に2人のやり取りを聞いている。
 
 
「えぇ、私達は御存じの通り人間と比較すれば少数の人種です。そして、私達は多
 くの歴史の中で人間に虐げられ続けて来ました。その数を上げれば、人間は何度
 私達に戦争を仕掛けるのでしょう。」
 
 
 レンヌの言葉は確かにその通りだった。魔族が蔑視されていたのはクロノ達が知
る現代でも変わらない。相対的な差別状況は変化したが、自分達が生きていた現代
においても絶対的に消えたわけではない。これは過去から続く人間と魔族の間にあ
る違いが明確に隔てる壁だった。
 レンヌは茶菓子を勧めて続きを話した。
 
 
「しかし、私はそんなことはどうでも良いの。元々私達の側にも問題はありました。
 中途半端に力を持つが故、自分の力に溺れたのは私達の問題です。
  歴史的に私達は多くの局面で憎まれたり尊ばれたりの両極端にいましたが、そ
 の歴史から私達魔族と呼ばれる者達は学んで来たはずなんです。妄り(みだり)
 に力を使ってはならないということを…。
  しかし、便利な物は便利であることに変わらず、結局力を使ってしまったから
 この様な結果が生じたのです。」
 
 
 マールは彼女の話を聞いて納得出来なかった。自然に備えるものを自然に使って
はならないという不自由を強いる社会とはなんだろう。だが、ふと、ガルディア城
で見たあの男の言葉が蘇る。
 
 
『それはあくまでガルディアから見た世界だ。世界から見たガルディアはそんなも
 のではない。我々は長い間ガルディアが独占してきた富を返してもらいに来たの
 だ。』
 
 
 男は確かにそう言っていた。あの時は嘘だと思っていたが、レンヌに限らず今ま
での道のりに現れた蛙達も…確かに理不尽な扱いを受け続けていた。現代の自分の
世界に至っては、ようやくメディーナとの通商関係が締結された様な状況。ガルディ
アは確かに魔族に不自由を強いる社会を形成していたと言える。いや、この「魔族」
という言葉があることすら差別であり、彼らと自分たちを明確に隔てる壁になって
いる。
 あの男の言葉が今になって何となく分かる自分がもどかしかった。なぜ、彼では
なく自分自身がそれをもっと早く感じて善処する事が出来なかったのだろう。そう
考えていると、自分がそうしなかったばかりに消えてしまった命が叫んでいる様に
感じ胸が痛んだ。しかし、その痛みを感じるならば受け止めねばならないとも強く
思う彼女は、自分に対しての戒めも込めて言った。
 
 
「…戦争は両方の立場が衝突するものだわ。どちらもどこかに悪い面を持つものよ。
 だけど、それとこれとは別だわ。魔力は別におかしな力じゃない。私達だって使
 えるんだから…。」
 
 
 しばしの沈黙が辺りを包む。
 レンヌは目をつぶり深く考えてから、マールの言葉に答えた。
 
 
「…お二人は人間なのにお使いになるそうですね。魔力…この力が私達の祖先の文
 明を滅ぼしたとも伝説では語られています。魔力と呼ばれるようになった理由も
 わかる気がします。
  …力は確かにあっても良いかもしれないわ。でも、それを持つ者と持たざる者
 との不公平は、大きな溝となってしまうのでしょう。不幸なことにそれは現実に
 は回避し得るものではないのですから。
  力は適切に使う管理ができる準備があって、初めて使えるものだと私は思うの
 です。それには現在は不十分なのでしょう。」
「そんな。それって哀しいよ。自然に備わったものを普通に使うことが間違いなん
 て…。」
 
 
 レンヌはマールの優しさに微笑みかけて言った。
 
 
「どんなことにも機会があります。その時期を外れて動けば、どんな当たり前のこ
 とでも間違いになってしまうのです。…ですが、私はそれでも結果的に良かった
 と思っています。」
「え?」
 
 
 レンヌの意外な言葉に二人は驚く。
 
 
「いくら気を付けていても、自分ではなかなか過ちに気付く事はできないわ。だか
 らこそ失敗をするもんだと思うんです。勿論、気付くことが出来れば一番だけど、
 こうして間違ってみて初めてわかることというものも沢山あります。」
「…例えば?」
「私達は過去の教訓という形で学んで来ました。しかし、それらは全て過去のこと
 で私達が実際に経験して得たものではありませんでした。ですから、教訓に対す
 る実感が無かったのです。
  でも、戦争という過ちを犯した事で、我々は忘れかけていた過去の教訓を再び
 思い出す事ができました。今後暫くはまた平和を大切にする心が芽生えたと思う
 んです。」
 
 
 3人はしばし沈黙する。燭台の炎がゆらゆらと揺れ、フクロウの様な鳥の鳴き声
が聞こえる。そこに静寂を破る様にクロノは言った。
 
 
「今後はきっと幸せに暮らせます!」
「あら、随分と自信があるんですのね?」
「もっちろん…っとも言えないけど、きっとこれから400年はなんとかなると思
 うぜ。」
 
 
 クロノは微妙に言葉を濁しながら話した。マールがクスクス笑い、レンヌも微笑
んで答える。
 
 
「フフ、何故かしら?お二人を見ているとそんな気がします。」
 
 
 レンヌはそう言うとお茶を飲み、微笑んだ。
 マールはそんなレンヌを見て自分には無い強さを感じ憧れた。
 
 
「レンヌさんって強いな。」
「え?」

「だって、色んな辛い事があったと思うのに、現実を受け止めてる。私は…逃げて
 ばかりかも知れない。」
 
 
 彼女の言葉にレンヌは微笑み言った。
 
 
「私は強いわけじゃないわ。でも、確かに受け止めている。だけど、それが良いの
 かは私もわからない。ただ無条件に受け入れ過ぎているのかもしれないわ。」
「ううん。レンヌさんは後ろ向きじゃ無い。ちゃんと前を向いてるよ。
 私、見習わなくちゃ。」
「フフ、そう?ありがとう。あら?やだ、随分と無駄なお話をして時間を取らせちゃ
 ってごめんなさい。」
 
 
 レンヌの気遣いにクロノが言った。
 
 
「いいえ、俺達、レンヌさんの話を聞いて良かった。そうじゃなかったら、大切な
 事をわからないままだったかも知れない。」
「私の話が何かの足しになったなら良かったわ。そうそう、私の夫の行方だけど、
 私も残念ながら詳しい事はわからないの。でも、彼はガルディアの方向へ向かっ
 たわ。剣のことを話していたから…きっと城に向かったんじゃないかしら?」
 
 
 カエルの足取りを知りたくて来た森だが、レンヌの話の方が今の2人の頭の中に
はいっぱいになっていた。結局ここでもカエルの所在は分からないということなの
だが、普通なら疲れを感じても良さそうな場面なのに不思議に疲れを感じなかった。
むしろ、久々に充実している様に感じた。
 クロノは笑顔で彼女に答えた。
 
 
「そうですか。それだけわかれば十分です。」
「いえ、お力に慣れなくて申し訳ないわ。そうだ、ガルディアに行かれるのでした
 らフィオナさんとお話になると良いわ。彼女に話して城へ入る許可証を頂けばお
 城に入る事ができるし。」
「城に入る許可証?」
 
 
 2人は初耳の許可証の存在に驚いた。現代ですら城に入るだけなら許可証は要ら
ないのに、なぜこの時代にという疑問が2人の頭を駆ける。
 
 
「えぇ、今のガルディアではそういうものが必要だそうです。フィオナさんは3ヶ
 月程前に、ガルディア王から委任統治を任されたの。彼女の手紙ならガルディア
 王も認めてくれるはず。」
「わかったわ。」
「色々ありがとう。」
 
 
 2人は深く感謝の意を示し、レンヌに礼をした。そんな2人に彼女は美しい桃色
の髪を揺らし返礼し言った。
 
 
「いえ、こちらこそ色々と話せて良かったわ。夫に…グレンに会えたら伝えて欲し
 いの…順調だからって。」
「分かったわ?って、何が順調なの?」
 
 
 マールは首をかしげるが、途中で思い当たり顔を赤くする。
 
 
「…必ず伝えます。じゃ、今日はこれで。」
「えぇ、お二人の旅の無事を祈っております。」
 
 
 2人はレンヌに玄関から見送られ、フィオナの家に戻って行った。
 家は既に明かりが消えていたが戸は開いていた。二人は静かに家に入ると自室に
戻った。着替えながら話す二人。
 
 
「明日はフィオナに言って、レンヌさんの言っていた許可証を貰いましょう。」
「あぁ、そう長居もしてられないからな。でも、ここでは色々と世話になったし、
 勉強にもなった。正直凄く良かったと思う。」
「えぇ、私も。今まで自分のして来た事の明確な結果なんて考えたことなかった。
 でも、何かをすれば何らかの結果があるのよね。これからはよく考えないと…。」
「ハハ、レンヌさんが言っていただろ?自分達のすることに自信を持てって。間違
 ったことはしてないんだ。要はしっかりそれをやれってことなんだろうな。」
 
 
 二人は着替え終えた後、それぞれにベッドに入り眠りについた。

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