クロノプロジェクト正式連載版
第38話「懐かしき顔」
「穏やかな村ですね。ルーヴィルさん。」
マールは若い魔族の剣士に言った。ルーヴィルと呼ばれた男は先程の戦闘でリー
ダー格の青年だった。
「えぇ、この森は良い所です。村長の家はもうすぐですよ。」
「そうですか。」
マールはニッコリ微笑んで前をむいた。その時、ふとおもむろにコートのポケッ
トの中に手を入れた。このフィオリーナは気候帯としては温帯モンスーンの影響圏
にあるが、今は南半球が冬に向かう時期であり、南からの寒気団の影響で秋の気候
に入っている。年平均で20℃はあるフィオリーナも今の時期は15℃前後まで下
がる時期で、東からの偏東風の影響から肌寒い。そんな中、冷えた手をコートのポ
ケットに入れた時、とある物の存在に気付いた。それはお化け蛙の森の主蛙から貰
った筒だった。
「…あのぉ、これ。」
マールはそれを取り出すとルーヴィルに見せた。クロノもちらりとその筒を見て
はっとした。
「これは?」
「あ、そのぉ、もしかしたら、
これを見せれば良かったのかな〜なんて?」
「?」
ルーヴィルは筒を受け取ると、封を解いて中身を出した。中には小さな木の板が
入っており、そこに文字が書いてある。それを見たルーヴィルは思わず苦笑して言
った。
「…仰る通りですよぉ。これさえ見せてくれれば我々はあんなことをせずに応対で
きたんですから。」
「あら〜、やっぱり?」
マールがちらりとクロノを見る。クロノもそれに頷くと2人は急いで前に回り深
々と頭を下げた。
「お騒がせしてすみません!」
2人の謝罪にルーヴィルは苦笑しつつも、2人の頭を上げる様促し言った。
「良いですよ。我々も少々過敏に反応し過ぎたかもしれません。あの様な状況では
冷静に対応しろというのが無理ですよ。こちらこそ申し訳ないです。」
双方が互いの非を認め和解すると、再び村の中を進みだした。フィオリーナの村
は8方向の分岐の中心に作られた村で、全ての村へ通じるルートがフィオリーナを
中心に形成されている。放射状に配置された村の中心が村長であるフィオナの家で、
家は一際大きな木を背に建っていた。フィオナの家のすぐ近くには小さな集会場も
設けられている。村人達は道中、村の戦士であるルーヴィルが引き連れた人間達に
釘付けだった。彼らは話している会話も止めて2人の姿を静かに見守っている。ル
ーヴィルは構わずにフィオナの家に案内した。
コンコン!
「村長、いますか?」
「は〜い、ちょっと待っていてくださ〜い。」
奥から女性の声がする。その声は明るく元気な声だった。
しばらくして戸が開いた。
「遅くなりました。まぁ、ルーヴィルさん、どうしま…………………。」
そこまで言って後ろに立つ2人の存在に気付き言葉が止まった。やがて満面の笑
顔をに変わり2人を歓迎した。
「まぁ!いらっしゃい!もぉ、本当にお久しぶりですね〜!」
「どうも、クロノです。お久しぶりです。」
「フィオナさん、お元気でした?」
驚くフィオナに対し、懐かしいような照れくさいような2人。
「あの時は、本当に有り難うございました。本当に、よく来て下さいました。」
喜んで中に案内してくれる。
「村長、それでは私は森の見回りがありますので。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「ルーヴィルさん、有り難う!」
マールがお礼を言い、クロノも礼をした。ルーヴィルはそれに軽く会釈をして答
えその場を去って行った。その始終を見終えると、フィオナは2人を迎え入れる。
その時何かひらめいた様に言った。
「そうだわ!」
フィオナは集会場で遊ぶ子供を呼ぶとひそひそと何やら話していた。子どもはフィ
オナの言葉に頷くとすぐに駆けて行った。フィオナは微笑んで2人を招き入れると
居間に案内し、2人を応接椅子に座らせた。
「今ロボさん達もこちらにお呼びしています。」
「ロボ!」
声を揃えて言う2人に微笑むフィオナ。2人は過去の冒険の日々の彼の姿を思い
浮かべながら言った。
「そうだよな、ロボもこの村で頑張ってるんだよな。」
「えぇ、懐かしいわねぇ。元気かしら〜。」
「詳しい話は皆さんが揃ってからにした方が良いですよね。お二人がカエルさんを
お探しだという事は既に聞いています。あ、今お茶をお持ちしますね。」
フィオナはそう言うと立ち上がり、いそいそとダイニングに向かって行った。
程なくして戻って来たフィオナの手には茶器と菓子を載せたトレイがあった。彼
女は2人の反対側に座ると、お茶を注ぎ差し出し、菓子を真ん中に置いた。
「どうぞ、召し上がって。」
フィオナはそう言うとカップを持ち茶を含んだ。2人もそれに習いカップを手に
取り茶を飲んだ。
暖かい。ゆっくりとした午後の時間。部屋の中は西日が入り暖かく、応接椅子の
前にある窓からは村の人々の様子が見える。そこに懐かしい顔が走ってくるのが見
えた。フィオナも気付いたのか微笑んで言った。
「フフ、来ましたね。」
そう言うと彼女は立ち上がり、玄関の方に歩いてく。ロボはフィオナに出向かわ
れて家の中に入った。フィオナはロボに2人の事を告げて居間に案内すると、その
ままキッチンの方に行ってしまった。
ロボは2人の顔を見てとても嬉しく感じた。その顔は彼の記憶にあるクロノ達と
は若干成長して違う様にも見えるが、紛れも無い本物である事が生体データの分析
結果として現れていた。
「オオ、オォ!懐かしい!
クロノ!マール!10年振りデス!!」
ロボの姿に2人も立ち上がって迎えた。
「久しぶりだな、ロボ。元気だったか?」
「エエ、お二人もお元気そうで良カッタ。」
「ありがとう。それにしても…」
マールがロボをしげしげと見て言った。
「なんかこう…あなたって貫禄出てきたんじゃない?」
「そうでしょうカ???」
照れたような声。右手が頭の後ろに回される。
「そうよ。身体の色も何か渋くなったし、どことなく…クスクス。」
「アリガトウゴザイマス」
マールの言葉に確かに少し落ち着いた雰囲気はあるが、ロボはあいかわらずロボ
だなぁと感じるクロノ。
そんなことを話していると、ロボに少し遅れて何となく見た事のある魔族の男が
入って来た。顔を合わせた瞬間、驚いたのは男の方だった。
「お、おまえらか!?」
「えーっと…」
考える2人。ピンと来たのはクロノの方が先だった。
「あー…ソ、ソイソー?」
と呟いた瞬間、自分の発した言葉にはっとした。
「ぃい!?」
クロノは急いで腰に手をやる。だが、相手は剣を抜く気配はなく、あまり覚えて
もらっていなかったことに少し寂しさを感じていた。
「…やめろ。お前とやり合う気はない」
冷静な声。そして落ち着いた表情。そこには殺気は微塵も感じられない。
「え?」
「…まあ色々あったが、今の俺にお前達と戦う理由はない」
拍子抜けしたように剣から手を放す。
そこに、フィオナが茶器を持って部屋に戻ってきた。
「あら、もうお揃いでしたのね。よかったわ。」
ロボとソイソーに椅子を勧めると、彼女も追加の茶器をテーブルに置き腰を下ろ
した。
「お二方、本当にあの時はお世話になりました。」
フィオナは改めて二人の方を向き、深々と頭を下げ感謝の言葉を述べた。
「やめてくれよ、照れくさいじゃないか。」
「そうよぉ。困った時はお互い様でしょ?」
二人が恐縮して返すと、彼女は頭を上げて言った。
「でも、この森があるのもロボさんを紹介してくださったあなたのおかげです。
私は森の人々を代表してあなたに感謝の気持ちを伝えたかったんです。」
そういうと彼女は茶器に湯を注ぎ、茶葉を入れながら言った。
「…不思議ですね。私の夢はオアシスを守ることでした。でも、今は私の夢を越え
て本当に緑豊かな森になりました。」
「えぇ。」
一同、あの頃を思い出す。それは遠い昔から砂漠として変わる事無く続いて来た
ゼナンの歴史において、奇跡の出来事だった。
「みんな、本当に頑張ったんだな。」
クロノの言葉にロボが言った。
「ソウデス。フィオナさんやカエルさん、ソイソーさん達や村に集まる多くの皆さ
んガ頑張りまシタ。」
「そういえば、ソイソーはどうしてこの村に来たんだ?」
クロノの問いに、ソイソーは少し表情を翳らせる。
「ん?、…まあ、あちこち旅をしているうちにケガをしてな。その時丁度この森の
辺りを通っていて、拾ってもらった。その縁で自警団をしている。」
「そうかぁ。」
納得するクロノ。照れながら話すソイソーに、フィオナとロボはちらりと顔を見
合わせ微笑んだ。そこにマールがフィオナに聞いた。
「あの、私達、お化け蛙の森の主蛙さんに、ここにカエルがいるって聞いてきたん
ですが、彼は今何処に…?」
マールの問いに、フィオナが複雑な表情で答える。他の2人も同様にあまり良い
感じは受けない。
「…カエルさんは、確かに少し前までこの村に住んでいらっしゃいましたが、
…今はおりません。」
「えーっ?」
2人は声を揃えて落胆した。
「…また空振りか」
「どうして?」
「…カエルさんは突然この森から姿を消されたのです。私達には何も告げずに。」
「…そう。」
マールはフィオナの言葉から、カエルが何か複雑な事情で身を隠さざるを得なか
ったことを察する。
フィオナは2人の落胆振りを察しつつ、穏やかに聴いた。
「ところで、…お二人はこの村でゆっくりなさるおつもりは?」
「あー…、いや、悪いんだけどカエルを探してきたから…。」
「そうですか。では、今夜はこの村でどうぞお泊まりください。皆さんのことを森
の皆さんにも御紹介したいですし。」
フィオナの申し出に二人は甘える事にした。
「ありがとう!フィオナ。」
「フフ、野宿は辛いものね。」
マールが舌を出す。
クロノも深く同意するように頷いて笑う。
それを見てフィオナ達も微笑んだ。
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お読み頂きありがとうございます。
拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか?
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